Doctor's 4

在宅医療に携わる医師たち
〜葛藤を乗り越えて〜
在宅医療に取り組むきっかけ
  10年ほど前、自治医大、整形外科の医局長をしていたときに、障害者の団体の海外旅行に同行する機会を得ました。旅行中に彼らと話すうち、いかに医者が患者の生活や価値観を知らないか、医者が患者に信頼されていないかがわかり衝撃を受けた。実際、整形外科医の私も、街で車椅子を押すことがどんなに大変か、そのときまで知らなかったのです。
  当時の私は、たとえば手術後のアンケート調査などでも患者の満足度が高く、『いい医療をしているつもり』でいました。専門医として、肩で風切って歩いていたと思います。ところが、この旅行をきつかけに、満足度が高いのは、アンケートを返してくれる人には満足している人が多く、遠慮もあるためだと気づき、本音が言えない患者の気持ちを初めて考えるようになりました。
  患者の真意を聞き出し、生活を知ったうえで、患者に合った医療を提供したい。どうすれば生活を知り、信頼を得て全人的なケアができるのかと考えた結果、それができるのは在宅医療しかないという答えが出たのです。
●病院での医療と在宅医療の違い
  病院では1日にたくさんの患者の診察をしなければならず、患者と十分なコミュニケーションをとる時間がないため、医者が批判を受けないように、『自己防衛の治療』がはびこつています。患者の求めに応じて必要のない注射を打ったり、薬を出したりといった事例はいくらでもあるでしょう。それは、患者の注文どおりにしていれば、いい医者だと言われて収入にもつながるからです。しかし、在宅医療で患者との信頼関係があり、なぜ必要ないかを説明して納得してもらえれば過剰な治療は必要ありません。たとえば、片麻痺(かたまひ)があり痴呆が始まって車椅子に乗っている高齢者が足を骨折したとします。歩行する機能が失われていると判断されていれば、骨折に対する積極的な治療は必要ないでしょう。医者が信頼されていれば、なぜ骨折の治療をしないのかと批判されることはないはずです。「骨折の治療は安静が強要されるため、骨折が治ったときには寝たきりになってしまうことがある。寝たきりになるより、機能を失った足の治療をしないほうが患者のため」という説明を理解してくれるはずです。
  これは、ひとりの医者が患者の生活を考え、すべての疾病を診る在宅医療だからできることでもあります。
  専門が細分化されている病院では、外科医が自分の責任を果たして骨折を治療し、その結果、患者が寝たきりになるケースもあるでしょう。「木を見て森を見ず」という状態です。
  この例からもわかるように在宅医療は、病院で行われている医療をそのまま家庭に持ち込むものではありません。病院での治療が「病気」を診るものだとすれば、在宅医療は「生活を営んでいる病人」、つまり「人」を診るものなのです。
●在宅医療を始めてからの変化
  私は整形外科を専門としていたので、在宅医療を始めたばかりのころは自信を持って患者を看取れなかった。しかし、お世話をした誰もが納得する『自然な死』、『尊厳ある死』を経験するうちに、病院での死にくらべ、なんて人間らしい最期なんだろうと思うようになりました。特に自分の父親が病院で最期を迎え、過剰な医療で生かされている状態になり身内として辛い経験をしてからは、在宅での看取りに一層自信が持てるようになりました。
  何ヵ月か患者のもとに通い、信頼を得られるようになると、笑頗で「死」についても語り合えるようになります。また、そういう関係にならないと在宅医療は成立しないものです。
●在宅医療に取り組むには
  在宅医療には24時間の体制が不可欠ですが、医師3名でチームを組めれば十分でしょう。できれば専門が違う医師と組んで、外科、内科、精神科が揃えば、理想的だと思います。
  在宅医療を始めたいという医師には、24時間体制はそんなに大変じやない、とアドバイスしています。たとえば、夜に熱が上がると予想される状態なら、昼間、訪問診療したときに、「今夜は熱が上がるが心配ない」と家族に言っておけば、夜中に連路が入ることは少なくなります。うちでは100人在宅の患者がいても、夜間に医師が呼び出されるのは2カ月に1回くらいです。
  10年ぐらいの臨床経験があれば、将来こういう医療をしたいという志がある人なら在宅医療はできるはず。大変だと恐れてばかりおらず、現場を体験してみてはどうでしょうか。私のクリニックでも、在宅医療を体験したいという医師を受け入れています。高齢者は変化の速度がゆっくりなので、週にl回でもいいので2年くらいかけて患者を見ていくと、在宅医療の全体像がつかめると思います。
在宅医療に取り組むきっかけ
  10年ほど前、自治医大、整形外科の医局長をしていたときに、障害者の団体の海外旅行に同行する機会を得ました。旅行中に彼らと話すうち、いかに医者が患者の生活や価値観を知らないか、医者が患者に信頼されていないかがわかり衝撃を受けた。実際、整形外科医の私も、街で車椅子を押すことがどんなに大変か、そのときまで知らなかったのです。
  当時の私は、たとえば手術後のアンケート調査などでも患者の満足度が高く、『いい医療をしているつもり』でいました。専門医として、肩で風切って歩いていたと思います。ところが、この旅行をきつかけに、満足度が高いのは、アンケートを返してくれる人には満足している人が多く、遠慮もあるためだと気づき、本音が言えない患者の気持ちを初めて考えるようになりました。
  患者の真意を聞き出し、生活を知ったうえで、患者に合った医療を提供したい。どうすれば生活を知り、信頼を得て全人的なケアができるのかと考えた結果、それができるのは在宅医療しかないという答えが出たのです。
●病院での医療と在宅医療の違い
  病院では1日にたくさんの患者の診察をしなければならず、患者と十分なコミュニケーションをとる時間がないため、医者が批判を受けないように、『自己防衛の治療』がはびこつています。患者の求めに応じて必要のない注射を打ったり、薬を出したりといった事例はいくらでもあるでしょう。それは、患者の注文どおりにしていれば、いい医者だと言われて収入にもつながるからです。しかし、在宅医療で患者との信頼関係があり、なぜ必要ないかを説明して納得してもらえれば過剰な治療は必要ありません。たとえば、片麻痺(かたまひ)があり痴呆が始まって車椅子に乗っている高齢者が足を骨折したとします。歩行する機能が失われていると判断されていれば、骨折に対する積極的な治療は必要ないでしょう。医者が信頼されていれば、なぜ骨折の治療をしないのかと批判されることはないはずです。「骨折の治療は安静が強要されるため、骨折が治ったときには寝たきりになってしまうことがある。寝たきりになるより、機能を失った足の治療をしないほうが患者のため」という説明を理解してくれるはずです。
  これは、ひとりの医者が患者の生活を考え、すべての疾病を診る在宅医療だからできることでもあります。
  専門が細分化されている病院では、外科医が自分の責任を果たして骨折を治療し、その結果、患者が寝たきりになるケースもあるでしょう。「木を見て森を見ず」という状態です。
  この例からもわかるように在宅医療は、病院で行われている医療をそのまま家庭に持ち込むものではありません。病院での治療が「病気」を診るものだとすれば、在宅医療は「生活を営んでいる病人」、つまり「人」を診るものなのです。
●在宅医療を始めてからの変化
  私は整形外科を専門としていたので、在宅医療を始めたばかりのころは自信を持って患者を看取れなかった。しかし、お世話をした誰もが納得する『自然な死』、『尊厳ある死』を経験するうちに、病院での死にくらべ、なんて人間らしい最期なんだろうと思うようになりました。特に自分の父親が病院で最期を迎え、過剰な医療で生かされている状態になり身内として辛い経験をしてからは、在宅での看取りに一層自信が持てるようになりました。
  何ヵ月か患者のもとに通い、信頼を得られるようになると、笑頗で「死」についても語り合えるようになります。また、そういう関係にならないと在宅医療は成立しないものです。
●在宅医療に取り組むには
  在宅医療には24時間の体制が不可欠ですが、医師3名でチームを組めれば十分でしょう。できれば専門が違う医師と組んで、外科、内科、精神科が揃えば、理想的だと思います。
  在宅医療を始めたいという医師には、24時間体制はそんなに大変じやない、とアドバイスしています。たとえば、夜に熱が上がると予想される状態なら、昼間、訪問診療したときに、「今夜は熱が上がるが心配ない」と家族に言っておけば、夜中に連路が入ることは少なくなります。うちでは100人在宅の患者がいても、夜間に医師が呼び出されるのは2カ月に1回くらいです。
  10年ぐらいの臨床経験があれば、将来こういう医療をしたいという志がある人なら在宅医療はできるはず。大変だと恐れてばかりおらず、現場を体験してみてはどうでしょうか。私のクリニックでも、在宅医療を体験したいという医師を受け入れています。高齢者は変化の速度がゆっくりなので、週にl回でもいいので2年くらいかけて患者を見ていくと、在宅医療の全体像がつかめると思います。

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