Home Care 3 2005 March
在宅医療 基本の“き” シリーズ対談5 前編

障害や病があっても望みどおりの
人生を実現するために

NPO法人日本アビリティーズ協会会長
アビリティーズ・ケアネット株式会社
代表取締役会長・社長
伊藤弘康

NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク副会長
医療法人アスムス理事長
太田秀樹

 在宅医療が広まるにつれ,重度の疾病や障害を持つ人も在宅での療養生活は以前より可能になってきている。しかし,必ずしも十分な医療やケア,介助サービスを受ける仕組みが整っているとは言えず,障害者への支援の体制は不安定なのが実情である。
  そもそも疾病があっても障害があっても,望み通りの人生を送りたいという気持は当然のものとしてだれにでもあり,その実現には,社会参加できるだけの医療やサービスが不可欠であることを考えれば,“生命をつなぐ”ことを水準としたサービス提供の枠を出ない障害者支援の在り方を根底から問い直す必要があるだろう。
  本企画では,そうした視点から,さまざまな取り組みを通して障害を持つ自身の人生の在りようを示し続けるNPO法人日本アピリティーズ協会会長の伊東弘泰氏と,在宅医療の普及に精力的に取り組むNPO法人在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク副会長の太田秀樹氏に,疾病や障害があっても望み通りの人生を全うするための社会や制度の在り方,医療・ケア専門職の取り組む姿勢について,ご討議いただいた。障害者グループとの海外旅行が在宅医療に取り組むきっかけに
太田 介護保険が始まったことによって、もっと高齢者のことについて社会全体で考えていこうという方向になってきました。そのための仕組みもつくられています。しかし,一方で障害者の問題というのは、どこかで取り残されているような印象を私は持っているんです。
伊東 おっしゃる通りですね。それは私も同じように感じています。
太田 在宅医療というと,すぐに高齢者の医療というふうに結び付ける傾向がありますが,社会的支援が必要な人たちというのは,必ずしも高齢者だけではありません。高齢化するということは,さまざまな生活の障害を同時に「自分はこれまで表面的な理解だけで車いすを処方していたんだな」と反省しました。
  それから,夜にお酒を−杯やりながら話をしたりしていると,彼らの本音の部分が出てくるわけです。例えば,彼らは「自分たちはかぜをひいても病院には行かない」と言うんです。「病院に行ってもろくに診てくれないから」と。「病院に行くときは救恵車で行く」という人もいましたね。そういう話を聞くにつけ,医師がいかに当てにされていないか,信頼されていないかということがわかって,そこでも衝撃を受けることになる。それと同時に,「なるほど,これは彼らの本音なんだ」,「現実はそうなんだ」ということも初めて知りました。
伊東 障害者の本音を聞くことができたということでは,先生にとっては非常に貴重な体験だったわけですね。
太田 そうです。2週間の旅行で米国,カナダを回ったんですが,米国の障害者の人たちと交流したり,障害者政策の現状を目の当たりにすることができたことも貴重な体鹸でした。カナダにあるCILT(卜ロント自立生活センター)にも行きましたが,そこで運営理念なんかを聞くにつけ,日本との違いを実感したのを覚えています。それで「日本はおかしい」と,憤りに近いものまで感じました。CILTの所長のお話で今でも覚えているんですけれど。「自分たちは−生懸命努力して生きてきたけれど,自分ではもうこれ以上変われない部分がある。自分たちがこれ以上変われないんだから,世のなかを変えるしかないんだ」というようなことを言ったんです。それはすごく印象的な話で、後から考えると非常に深いものがあるなと思います。私自身,在宅医療をやっている医師としても,そこに一種の哲学があるんですね。
伊東 その言葉は,私も実感としてよくわかります。
太田 それで,私は日本に帰ってから大学病院を辞めて,往診をする診療所をやろうと思ったんです。なぜ往診かというと,動けない人に無理に病院に来させるのではなくて,医師が動けない人のところに出かけて行けばよいだろうと。そういう医療をしなければいけないと考えたわけです。とはいえ,そんなに気負った部分もありませんでした。10数年大学病院にいて医師としてある程度自信が付いたし,手術も十分やったし,これからはちょっと違うことやってみようというような感じですね。それで,せっかくやるなら本当に人々の役に立つ医療,在宅医療をやってみようと考えたわけです。実際,始めてみて気付いたのは,自分が障害者のグループと一緒に旅行に行ったことによって大きく変わったということでした。くしくもCILTの所長が言っていたように,まんまと私が彼らによって変えられていたということです。でも,それが嫌ではなかったんですね。私が変わったことによって.それまで病院に来られなかった人たちに医療を届けることができる。それによって、少しは彼らを幸せにすることができるのではないかと思ったからです。あの出来事があったからこそ,今,私は在宅医療をやっていて,伊東さんと一緒にこの場所にいるということになるのかもしれません。

「保障よりも働くチャンスを」
アピリティーズ設立の信念
太田 それでは,次に伊東さんのほうから自己紹介していただけますか。
伊東 私は今年で63歳になりますが,1歳のときにポリオ(小児麻痺)にかかり両脚麻痺になりました。その後、左脚が回復したので,障害の状態としては装具を着ければ普通に歩ける程度で,身体障害の3級ということになっています。このところかなり機能が落ちてきたので2級になりそうな気配なのですが。
  その後,1966年,大学卒業の年に障害者の社会復帰を促進するための組織として日本アビリティーズ協会を創立し,「保証よりも働くチャンスを」をスローガンに活動を始めました。かれこれ40年、障害者の社会復帰、立生活運動に取り組んでいることになりますね(表1/アビリティーズの綱領)。
  そして、協会創立の同年に6人の障害を持つメンバーで、株式会社アビリティーズを始め、リハビリテーションン機器・福祉用具の開発,輸入・販売などの事業をスタートさせました。つまり、障害を持っている人6人で会社を始めたというのは,これは私自身が、障害があることを理由に就職拒否をされたというところから始まっていまして,障害を持っている人もちゃんと職業能力があるんだということを社会に示して社会全体を変えたかったということで会社を設立し,今に至っているんですね。
  福祉用具を開発することになったのも,重度の障害を持っている人が当たり前に普通の社会のなかでやっていけるような状況をつくりたい,つまり自立を確保したいという理由からです。もちろん、会社組織ですから事業として採算自立することを前提にやってきましたけれども,やはり、障害を持っている者も当たり前に仕事ができるそのぎりぎりのところで挑戦し,それを訴えていくことで世のなかの障害についての意識を変えていきたいという思いが根本にあります。障害事たちの権利に対する
わが国の認識は遅れている
太田 伊東さんは障害者の雇用促進のために長年活動されてきた方で,いわば“ノーマライゼーションの先駆け”ということになります。
伊東 そうですね。私がアビリティーズを始めたときは,日本ではそういう言葉はあまり使われていませんでした。
太田 最近は「ノーマライゼーション」という言葉が一般的になってきて,それこそ福祉を勉強した人たちであればだれでも知っています。あれはもともと1950年代にデンマークのバンク・ミケルセンという人が,当時の知的障害者施設の非人道的な処遇に対して提唱した考え方,理念ですよね。簡単に言えば“当たり前の暮らしを当たり前にしなさい”という,当たり前のことを言っただけなんだけれども。それが日本人には何でこんなに新鮮に感じられるかというと,わが国ではずっと障害者が“当たり前ではない状況”で暮らさざるをえなかったということですよね。
伊東 つまり,そういうことなんです。
太田 だけれども,おもしろいことに福祉先進国であるデンマークなどでノーマライゼーションについて質問すると,みんな妙な顔をするというんです。「何のことかよくわからない」と。つまり、それぐらいノーマライゼーションが当たり前になっていて,社会に浸透しているということなんだと思うんです。
伊東 そもそもノーマライゼーションなんていうものは,グローバルな意味で理解の均一化を図るための便宜上のものであって,お互いに理解するのに非常に都合のよい言葉でしかないと私は思っているんです。デンマークはもちろん,スウエ−デンやオランダなど欧州のほとんどの国では「あえてノーマライゼーションという言葉を使わなくても,そんなことは当たり前」というのが実情なんですね。それが日本ではすごく新鮮なものとして捉えられているということは,それだけわが国の「障害」や「障害者たち」に対する社会の意識が非常に遅れているという証拠だと言えるのではないでしょうか。
太田 日本はそんなに遅れていますか。
伊東 ええ。特に障害者の権利や差別についての認識が非常に遅れています。例えば,米国で1990年に成立したADA(Americans with Disabilities Ac1990)をはじめとして,今や世界44か国で障害者に対する差別を禁止する法律が制定されています。日本は2001年8月に国連から「あらゆる差別を禁止する法律を制定するように」と勧告されているんですが,これに対する政府の対応というのは,実質的に効果のない障害者基本法を改正したくらいで,それでお茶を濁してしまっている。そのうえ「この景気の悪いときにバリアフリー化などに金をかけると,社会から反発が出る」というようなことを.国会議員が平気で発言しています。この温度差,落差というのは大きいですね。
  私は障害を持つ人に対してどのような認識,哲学を持っているかということが,ある意味では国家,民族のレベルを表しているのではないかと思います。例えば,ジョージア州で車いすのドライバー専用の駐車場に車を止めればレツカーで引っ張られて,500ドルの罰金を取られます。デンマークでも車いすのドライバー専用の駐車場がありますが,そこには何も書かれていなくて車いすのマークがあるだけなんですよ。でも,空いていてもだれもそこに駐車しません。これが日本だったら平気で止めてしまうでしょう。
太田 私もデンマークに行ったことがありますけれど,そうなんですよね。
伊東 なおかつ,デンマークの人たちに聞いても,罰金がいくらかというのをだれも知らない。けれども「ものすごく高いよ」と言うわけです。つまり,罰金を取られるからどうということではなくて,そういうところに車を止めること自体,彼らの認識にないということです。日本は論外として,米国では,まだ違反をする人がいる。だから罰金500ドルという表示が出ているのであって,その辺の意識の差が大きいと思いますね。
太田 一口にパリアフリーと言っても,言葉の受け止められ方は日本の場合少し違うのかなという気がします。例えば,点字ブロックなんていうのは日本にしかないわけですが,一般の人たちはああいうものをバリアフリーだというふうに受け止めてしまっている。
伊東 単に「建築上のバリアフリー」ということ以前に,今の日本の社会というのは全然バリアフリーではないすね。社会の受け入れ態勢,障害者を受容するシステム,そして人の考え方や心というものが,やはり全然パリアフリーになっていない。
太田 本当の意味でのバリアフリーというのは,人々の心のなかにあるのであって物理的な問題ではないですよね。実際,ちょっと歩けばそこら中,障害物だらけだし,バリアの全くない街なんてないですから。だけど私は,街で杖を突いて歩いている人がいたら笑顔で手を差し伸べる,そして差し伸べられた手を握り返す,そんな「心のパリアフリー」が日本人には本当は残っているんじゃないかと希望は持っているんです。

QOLを重視する在宅医療が
障害者を支えるために必要
太田 ここまでは障害者を取り巻く日本社会の意識が立ち遅れているというところで話をしてきたわけですが,では,異体的なサポートはどのようにあるべきでしょうか。
  障害を持っている人たちというのは,同時に,医療的なニーズの高い人が多いわけです。検査1つ受けに行くのがたいへんな人もいる。私たちがやっている在宅医療というのは,そうした人たちのところに,医療者のほうから動いていくというのが基本です。ですから,これまで病院で提供されてきた医療とは異なる部分があります。従来の医療というのは悪性疾患で命の危険がある人,生きるか死ぬかの人を救おうということに力を入れてきたわけで,救命を目的に発達してきた歴史があります。そのお陰で,それまで肺炎で亡くなる人,結核で亡くなる人がだんだん少なくなったし,事故で生死の境をさまよっている人が生還できるようになった。それまでは助からなかったような超未熟児が助かるようになったり。要するに,急性期の医療というのは,命を救うということだけを第一に考えてきたのであって,確かにそれでよかった時代もあったんです。だけ
ど,そういう形で命を救われた赤ちゃんが,大きくなってからなんらかの障害を持って生きていかなくてはならないこともあるわけです。その結果,やはり「生活のなかに医療がなくてはいけない」ということが言われるようになって,在宅医療の必要性が高まってきたということです。もう1つ,近年,疾病構造が大きく変わってきたということもあります。糖尿病や高血圧などのいわゆる生活習慣病というのは,本人は自覚症状もあまりないし,すぐ生死にかかわるたぐいの疾患ではない。だけれども,医療を必要としている人たちであることは変わらないですよね。私たち医療者はそういう慢性期の患者に対して「生活」という視点を持って治療していかなくてはならないわけです。つまり,同じ医療でも命を救うための医療と,生活のなかでより高いQOLを求めた医療があるということなんです。
伊東 なるほど。病院と在宅の違いはそこにあるということですね。
太田 それに今は,在宅医療というのは看取りまでやる。つまり,その人の人生を丸抱えで面倒を見るということで,少なくともそれくらいの意気込みで私たちはかかわっているわけです。そうすると,「人生レベル」の話になったときには,やはり,そこにはその人の人となりや,独自の人生観や価値観,幸福感や満定感といったものがあるわけです。ところが,そういうものまで視野に入れて,医療や介護が提供されているかどうか,今の制度にそこまで配慮があるかどうかということについては,大きな疑問を感じています。
  例えば.介護保険によって「歩けなくなったら車いすがありますよ」,「介助者が押しますよ」という面でのサービスは保障されましたが,簡単に選挙のとき投票に行けるか,気軽に温泉旅行に行けるかというと,まだまだ難しいわけです。つまり,依然としてそういう人たちの社会参加に対する制約は非常に大きいし,そういうことに対する手立てがない。そういった部分で,介護保険のこれからの課題というのはまだまだたくさんあると思います。そして,そのなかで在宅医療が果たすべき役割というのはもっとあるのではないかと。在宅医療というのは利用者を「家のなかに閉じ込めておくための医療」ではないんです。私は,彼らの社会参加を支緩するためにこそ,在宅医療がもっと使われるべきだと思っています。
伊東 要は,今の介護保険などは,まだまだ生活の質や中身について論じられるようなレベルに達していないということなんです。「なんとか生きていくことができればよい」というレベルの話であって。
太田 残念ながらそうです。「命をつなげればよい」というレベルのサービスでしかない。よりよい生活,よりレベルの高い生活を目指したサービスというのはない。デンマークなど欧州の福祉先進国を見ていると,確かにそれがあるんですね。海外旅行に行きたいと思えば,すぐに「ガイドヘルパー」のような人に電話して,気軽に行くことができる。日本では考えられないですからね。

環境因子も含めた
“生活機能糖分類”が
機能評価の世界標準
伊東 実は,私はそもそも介護保険制度というのは理念のところで間違っているのではないかと思っているんです。今のシステムもよくない。このままいけば,ますます膨大なお金がかかってしまうだけです。なぜなら,今の制度は高齢者を元気にするようなプログラムを開発したり,提供したりすると,損をする仕組みになっているんですね。
  例えば,福祉用具にしても,より自立を促すような福祉用具でも介譲保険が使えないものが多いですし.要介護度が改善しないようなレベルにしたまま行動をできるだけ制約して,寝たきり,寝かせきりにしておく仕組みになっている。つまり,要介護度が高いままに保っておいて,ホームヘルパーをどんどん使えば非常にもうかるような什組みになってしまっているわけです。逆に元気になって1人で旅行できるようになってしまうと,事業者の収益が上がらなくなってしまいますからね。
  本当は介護保険がそういう人たちを元気にして,自立生活ができるようにADLを上げていくような方向に向かえば,全体にかかるお金はずっと少なくてすむんです。そして,そうなれば彼らは自分の人生を,もう1回復活させることができるようになる。それなのに,彼らにプラスのモチベーションをもたらすような,そういうプラン,プログラムというのは,今の介護保険ではほとんどないに等しい。
太田 確かにそうですね。
伊東 それで,今度はお金がかかりすぎるからと言っていろいろなサービスをカットしてみたり,単価を下げたりというのでは本末転倒です。実際,私たちがこれまでやってきた取り組みのなかで,簡単な運動を繰り返して行う
ことによって特殊浴槽しか使えなかった人が一般浴に改善したり,よい福祉
用具を使うことによって要介護度が下がった例はたくさんあるんです。
太田 確かに.今言われたように、残念ながら今の介護保険では.“寝たきり支援サービス”のようなものが多いんですね。もっと,利用者の自立支援に向けたサービスを増やしていく方向にいかないとだめだと私も悪います。
伊東 障害者の支援費制度を介護保険に統合するという動きにしても,実際は介護保険の負担を20歳まで引き下げるための口実にすぎなかったと思います。社会保障関係費全体からすれば支援費制度は1%にも満たないわけですから。それを介護保険に入れるというのは保険料を上げるための1つの布石にすぎないのであってね。やはり,政策としての原点が間違っていると言わざるをえない。
  国民1人1人がそういうところをもっとよく見て,寝たきりになったら損なんだと,まず,第一に自分が損なんだということを頭に入れて,本当に必要なのは元気になるための仕組みだということを理解しなくては。
太田 今の伊東さんのお話を端的に示しているのが,WHOのlCF(国際生活機能分類:国際障害分類改訂版/表2,図)であると思います。今はこれがグローバルスタンタードな考え方となっているわけです。それまでのlCIDH(国際障害分類)があくまで「健常者から見た障害者」という捉え方だったのが,lCFでは障害者だけではなくすべての人を対象にしているということで中立的な立場になっています。また,lCIDHでは障害を起こす原因は「疾患」だったのが,ICFでは「健康状態(healthcondition)」ということになっています。「機能障害」は「心身機能・身体構造」に,「能力障害(disability)」は「活動(activity)」と表現が変わっていて,これは単に単語を変えたということだけではなく,理念が大きく変わっていますね。
伊東 これまでの障害分類はマイナス面を分類する考え方であったのに対して,lCFでは生活機能というプラスの面を見ていこうとしているのが特徴です。
太田 それと最も画期的なことは,環境因子というものを導入したことです。lCFでは人間の身体の外にあるものはすべて環境であるという捉え方をしている。つまり,個人の障害というのは環境によって大きく変わるということを明確に言っているんですね。実はその環境にかかわる仕事を,伊東さんも私も一生懸命にやろうとしているわけです。
伊東 ええ,そういうことになりますね。
太田 私の場合は,医師の立場から患者さんに医学的な根拠に基づいていろいろと有益なアドバイスをすることができる。車いす1つ取っても「あなたにはこういうタイプが適しています」ということを教えることができる。看護師やPTも同じです。私たち医療者が動くことによって環境を調整することができる。そして,伊東さんのほうでは環境をよくするためにさまざまな福祉用具,ADL機器などを輸入して,いち早くわが国に紹介したりしているわけです。
伊東 そうですね。欧州ではテクニカル・エイドと言いますが,それを最初に輸入したのは今から30年以上前になります。
太田 私と伊東さんには,そういう部分で接点があるんですね。

障害者の自立の視点がないため
日本の障害者福祉施策は遅れた
太田 これまでのわが国の高齢者や障害者福祉に対する考え方は,「できないことは“人”がやる」みたいなところがありますよね。今の介護保険にも,「彼らが自分で動けるように何か“機械”を使う」といった発想はあまり見られない。
伊東 そうなんです。自立のために機械を利用するようなサービスにはあまり力を入れていない。
太田 私は今のような状況になったのは,日本があくまで高齢者福祉の観点から制度をつくり,サービスを整えていったことに起因すると思っているんです。欧州諸国,特に福祉先進国と言われているところの高齢者福祉というのは,実はベースに障害者福祉があるんです。つまり,「障害者が仕事をするためにどういう支援が必要か」というところからスタートしている。だからこそよい機器が開発されてきたわけです。そして.ある程度の年齢まで働いた障害者の方がリタイアした後,その余生を楽しむために必要なサポートを考えていくというふうに。そこには連続した流れがあって,言ってみれば継続的な福祉なんです。
伊東 私も全くその通りだと思います。
太田 今,厚生労働省は高齢者介護について,しきりに「地域密着」とか「継続的な支援」といったことを言っているけれど,「継続」には空間的な継続性と時間的な継続性の2つがあると思うんです。日本もそれを真剣に考えるのであれば,高齢者だけの「継続性」を言うのではなくて,スタートの本当に大事なところからやらないと,なかなか制度として機能していかないと思います。
伊東 やはり,欧米と日本の福祉は.もともと歴史的な背景が違うということもあるのだと思います。極端に言えば,欧米諸国では歴史的に戦争がずっと行われていて兵役の義務もかなり最近まであった。特に近代になってくるとより激しい戦争が行われるようになってきて,戦傷病者の問題が起こってくるわけです。こうした戦傷病者に対してきちんとした救済策を取らないと,今度は徴兵拒否などが起こってくるんですね。だから,家族に対する保障も含めて,そういう対策をきちんとやらなければならなかった。そのため必然的に,戦傷病者の救済に集中的に力を注いできたという歴史があります。「国家のために身を挺し,国家は万一の場合にはしっかり補償」してきた。
太田 リハビリテーションなんかもそうですよね。
伊東 ええ。米国の場合は社会的な保障がほとんどありませんから,早く病院から出ないとお金がかかる。だからといって働けないと食べていけない。それもあって,リ八ビリテーションが発達してきたという背景があります。米国でリハビリテーションが一番発達したのは朝鮮戦争後です。太平洋戦争と朝鮮戦争の傷痍軍人を社会復帰させていく過程で非常に発達していったし,日本もリハビリテーションが本格的に始まったのは戦後です。終戦後,役所に「更生課」ができて,そこが障害者,戦傷病者対策,傷痍軍人対策を行ったわけです。
太田 今も「更生相談所」というのがありますよね。
伊東 歴史的に言うと.戦後の障害者福祉施策は傷痍軍人対策です。ところが,GHQが「傷痍軍人」という言葉を使わせなかったそうです。それで「更生課」にしたという。日本の場合,戦後の非常に短期間の間だけ傷痍軍人対策ということで取り組まれて,短期間のうちに終わっていった。だけど,米国なんかは今も継続してやっているわけです。
太田 日本ではリハビリテーションが普及していても,その概念については正しく受け継ぐことができなかったと言えますね。だから,「リ八ビリに行ってくる」と言うおばあちゃんがいたりする。本当はリハビリテーションに自分で行けるような人にはリハビリテーションなんて必要ないんだけど(笑)。
伊東 そうですね(笑)。
太田 日本でリハビリテーションというのは,電気を当ててもらうとか,マッサージをしてもらうとか,そういうことだと,医師の一部にもそんな認識があります。医学的に言えば,そういった行為は単なる物理的療法にすぎない。リハビリテーションにはプロセスがあって,医学的リハビリテーションの後には社会復帰をするための社会的リハビリテーションが必要なんです。日本ではそういう流れができていない。それが結果として,今のような状況をつくった大きな原因になっている
と思います。
伊東 先生も言われたように欧米の場合,まず「障害者たちが社会で生活していくためにどうしたらよいか」という視点から始まっているところが大きいんだと思います。だからこそリハビリテーションや福祉用具が発達して,障害者福祉が充実していったという。
太田 日本は障害者が自立していくためにはどうしたらよいかを考えてこなかったから,リハビリテーションを考える必要がなかったとも言える。だから,結果的に障害者福祉政策が発達しなかったし,そのせいで福祉というものに対して,「お金をあげる」とか,「施しをする」といったイメージを非常に強く残してしまった。
伊東 そうです。福祉というより慈善に近い。“慈善と同情”をベースとした生活保障なのです。

現在の介護保険では
障害者の自立は不可能
伊東 本来は.障害を持っていようがいまいが,自分が望み通りの人生を実現するというのは当たり前の話なんですね。それを実現できるようにするために必要なサービス,制度をつくっていかなければいけない。単に寝たきりと認知症の人のための介護というレベルで考えているようでは,本来やるべきことの3分の1にも至っていないと私は思います。
太田 極端に言ってしまえば,今の介護保険制度は「麻痺と認知症のための制度」なんです。麻痺というのは移動するのに障害があるということで,それに対してのサービスというのは結構あるんです。認知症に関してもいろいろなメニューがある。だけど,目が不自由だとか,耳が聞こえづらいとか,そういった情報障害の人に関するサービスはほとんどない。内部障害もそうですね。「心臓に人工弁が入っている」とか「透析を受けている」,「酸素吸入をして生活をしている」といった人たちに対してもサービスがあまりないわけです。結局,運動機能の障害に対するサービスだけが突出している。障害者の方がお困りのことはそれだけではありませんから,若年の障害者が今の介護保険制度を利用するのには大きな無理がある。だから,私は介護保険制度も根本的に変えなければいけないと思っているんです。
伊東 プログラム自体が変わらないとだめですね。
太田 「耳が聞こえづらい」,「ものが見づらい」なんていうお年寄りはたくさんいます。だから,そういう障害をよく捉えたうえでのサービスであるならば,支援費制度が介護保険制度と一緒になりえないこともないと思います。ところが,今の介護保険制度というのは,移動以外にさまざまな障害のある方にはとても使いづらい制度になっている。私は障害者の問題を解決することが,結局は高齢者の幸せにつながると思っているんですけれどね。
伊東 私は福祉の部分,特に支緩費制度を介護保険制度に統合しようという動きに対して,反対の立場を取ってきました。その理由の1つは,介護保険のサービスの内容に問題があるということです。今先生がおっしやったように,今の介護保険制度で主軸になっているサービスが多少拡大されても,障害を持っている人が自立することは不可能です。2つ目は「哲学」の問題です。
  そもそも介護保険制度というのは,扶け合いの精神によるものであり,だから,保険であるわけです。本来.それを使わずに「かけ捨て」になってしまったほうが幸せなんです。だけど,障害を持っている人の多くは,社会のなかで平均的レベルに達することができない。それ以前の問題として,例えば教育を受ける機会を失ったり,就労の機会を失ったり,なかには行動さえも自由にならない人たちがいる。
  そういうふうに社会のなかで対等に競争すらできない状況にいる人たちを,対等なところまで引き上げるというのが障害者福祉の原点であるべきです。自分が望まずにそういう状況にある人たちを同一のレベルまで引き上げるのは,これは国家の国民に対する責任です。それを扶け合いの,しかも「かけ捨てのほうがラッキー」という介譲保険制度のようなもので賄おうということ自体が間違いなんですね。私は北朝鮮の拉致問題にしたって,本質は同じだと思いますよ。要は国民の生活権,対等に社会で生きることの権利を守れないような国であるということが問題であって,私はそこが許せないわけです。
太田 伊東さんのお話は実に説得力があると思いますし,まさにそのとおりだと思います。そういったことをないがしろにしたままで,障害者のことに介護保険を使おうというのはいささか乱暴すぎるということですね。
伊東 仮に介護保険の対象を20歳まで引き下げたとしても,今の制度では足りないサービスが多すぎます。教育や社会体験,就労など,そういう若い人たちが「望み通りの人生を実現する」ために用意されるべきものはたくさんあるわけです。そして,それを支援するのに必要なものは,高齢者の介護のプランとは異質なものなんですね。
太田 そう,全くニーズが違いますね。
伊東 例えば,障害者の自立の問題にしても,自立生活というのは何でも自分でやれるということではなく,「自分で何をしたいかを判断し,選択できる」ということなんです。だから,「これをやってください」とだれかにお願いしてやってもらうことがあっても自立なんです。
太田 「自分でできない=自立していない」ということではないということですね。
伊東 どんな重度の障害を持っている人でも,人生1回きりであることは変わりません。その人の人生が素晴らしいものであって,「やはり日本人として生きてきてよかった」と言えるようなものをつくらなくては。そして,それは国家の責任であり,社会のコンセンサスを確立する必要があると思います。
              (続く)

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