CL SMILE 1999年5月号 ルポこの町で老いる

温かな医療が家庭まで届く町

栃木県小山市は東京・上野駅からJR宇都宮線で約1時間、人口約15万人の工業田園都市。
ー方、茨城県結城市は人口約5万人、古くから「結城紬」の名で全国に知られた伝統工芸都市である。
隣り合うこの2市に、温かな医療が家庭まで届けられる地域がある。
小山市にある「医療法人喜望会・おやま城北クリニック」(太田秀樹理事長)では、7年前から在宅診療を推進し、医師、看護婦、理学療法士、管理栄養士ら、医療・福祉の専門家がチームとなって、患者の家庭を定期的に訪問、在宅ケアを支えてきた。
病院と同じ医療が家庭で受けられる、この新しい医療は、病院、診療所に続く第3の医療と呼ばれる。
「老いて病気になっても住み慣れた我が家で暮らしたい」。
そんな多くの高齢者の願いが叶えられるような町である。

短歌をつくり、
書を楽しみ・・・・・・
自分の暮らしを
続ける喜び
茨城県結城市に住む草問正夫さん(82歳)、としさん(79歳)夫妻がおやま城北クリニックの在宅診療を受けるようになって1年になる。正夫さんは糖尿病で一昨年自宅のトイレで転倒して骨折、手術入院してい。この日、太田医帥が到着すると訪問看護婦が正夫さんの血圧を測定中だった。テーブルの上には墨で短歌が書かれた半紙が何枚も広げられていた。「昨日主人がデイケアに行って、昔清瀬の結核療養所で一緒だった知りあいに何十年ぶりで再会したんです。それがもう嬉しくって、日記に書いていたんです」ととしさんも嬉しそう。正夫さんは短歌が趣味で同人誌を編集発行するほど熱の入れようだ。
「お元気そうですね、お顔を見ればすぐ分かります」と太田医師。
共に人工骨を入れている夫妻は、娘の家族との同居を機に建てた真新しいバリアフリーの家に暮らす。床に段差がなく恵まれた住環境である。
「このスリッパ、右と左が違うでしょ。私の足は左右長さが違うんです。太田先生に教えていただいて、右に健康サンダル、左に普通のスリッパをはいてみたら、とっても歩きやすくなったんです」ととしさん。小さなヒントが、患者の暮らしを大きく心地よく変えている。
書斎には璧一面に文学全集が並ぶ。絵を見ることも好きで、画集を背にした正夫さんに会っていると、患者を病気だけでなく1人の人間として理解して医療を進めようとする在宅診療の意味が浮かび上がってくるようだ。
週1度の訪問看護、月2回の医師の訪問を受けるほか、正夫さんは週に3日、としさんは週に1日老人保健施設「生きいき倶楽部」のデイケアに通う。老いて病んでも自分の家で、自分らしい暮らしを続けることができる幸せが感じられる。

いつも通りに暮らしながら医療を受ける
「おはようごぎいます」とあいさつしながら、太田医師は患者のいる部屋に玄関ではなく庭先から気軽に上がり込んでいく。にこにこと笑いながら迎えたのは、栃木県小山市に住む久保井虎夫さん(80歳)。10年前から神経中枢の病気になって歩くことができず、妻のさくさん(75歳)が介護している。
毎朝さくさんは、小柄な身体で大柄な虎夫さんを寝室のベッドから隣の居間まで運びいすに座らせる。虎夫さんはデイケアに行かない日は、そこでテレビを見ながら1日を過ごす。さくさんは「私が元気ですから」と言うが、虎夫さんが誤って部屋で転んだときは1人ではどうにもならず隣の人に助けを求めなければならない。
病気になったばかりのころは、さくさんが付き添ってタクシーで病院に通っていたが、やがて病状が進むと、それもできなくなった。4年前、困り果てた夫妻を助けたのが「自宅まで届けられる医療」だった。
現在医師が月に2度、訪問看護婦が週に1度、理学療法士が月に1度訪問して、2人の生活を支える。日当りの良い部屋のベッド、その向こうに2人の暮らしを見守るように置かれた仏壇。こたつ、食器棚、本棚…使いなじんだ家財道具と日用品の数々。患者はそれまでの暮らしを守りながら医療を受けることができる。
昨年、虎夫さんは動脈硬化が進んで血のめぐりが悪くなり、「足が痛い」と訴えていた。太田医師はたばこを止めるようにアドパイス。「若いころから吸っていたのに、翌日からぴたっと止めちゃつたんです。おかげで足も痛くなくなり、タンも少なくなりました」とさくさんは喜ぶ。
医療的なことだけでなく、介護をしやすくするための環境づくりや、社会資源の活用についてもアドバイスする。「ポータブルトイレの高さがあと15センチ高ければ、ベッドからかかえて座らせるのが楽になる」と、高くするための台を木工所に注文して取り付けた=写真右。風呂には3カ所の手すり、出入り口の段差を解消するための小さな台。部屋の出入口数カ所にも手すり。「ほんのちょつとしたことで体が楽になるんです」と、さくさんは実感する。さらに、市のホームヘルプサービスも利用するようになり、週に1度ホームヘルパー2人が入浴介助に訪問している。
さくさんは先日風耶を引いて熱を出してしまった。「あの時は、主人をすぐに生きいきのショートステイに入れてもらって本当に助かりました」と話す。家族介護を主体とするこの地域で、老人保健施設「生きいき倶楽部」の存在は心強い。介護者自身やその子どもが病気になった時など緊急時にすばやく対応してくれるからだ。患者・家族の生活の変化に密着したサービスが提供され、在宅ケアを支えている。

患者・家族に必要とされる医療を届けます
在宅医療を実践して、やがて7年になろうとしています。
8年前、障害者グループの港外旅行に同行し、「私たちは医者なんかまったく信じていない」と言われ、衝撃を受けたことが僕の医師としてのターニングポイントとなりました。
それまでは、自治医科大学病院の医局長として麻酔や整形外科の最先端医療の現場にいたんです。「大学の医学が本当に患者さんのためになっているのだろうか」という疑問はそれまでもずっと僕の中にありました。
それと、手術して歩けるように帰しても、退院すれば寝たきりになり、褥そうができ、惚けて病院に戻ってくる現実を見て、「何のために手術したんだろう」という当たり前の疑問もありました。「手術して元気にしたんだ、医者の役割はそれでいいんだ」とは思えませんでした。
そこで、「患者さんの家へ医療のほうから動いていけばいいんだ」ということで、友人の内科医、看護婦、理学療法士、薬剤師、義肢装具士といっしょに、在宅診療を中心にしたクリニックをオープンしました。患者さんを生活する人として理解し、本当に必要とされる医療を届けたいと思って実践してきました。今では僕の所のようなクリニックが全国的にかなり増えてきています。
全国組織として「在宅ケアを支える診療所全国ネットワーク」があり、栃木では「在宅ケアネットワーク栃木」も発足しています。
今月からは週に1度、立教大学で社会福祉学専攻の学生に、福祉職に知ってもらいたい地域医療のことも含めて医学知識を教えます。僕にとってもまた新しい発見があるんじやないかと楽しみにしています。

老人保健施設生きいき倶楽部
老人保健施設とは、寝たきりやそれに近い状態の高齢者、痴ほう性老人に、リハビリ、看護、介護を提供して、家庭に帰ることができるようにするための医療機関。入所者は65歳以上で、入所期間は3カ月がめどとなっている。
茨城県結城市の老人保健施設「生きいき倶楽部」は、「おやま城北クリニック」で在宅医療を進めてきた医療法人喜望会が昨年8月開設した。定員は入所50人、ショートステイ7人、デイケア40人。基本利用料は月額6万6000円。

「生きいき倶楽部」は、みんなが楽しみにして通ってくる「クラブ」となるようにと願ってつけられた。その名のとおり、この日デイケアに通ってきた人たちは、折り紙、歩行訓練、機械を使ってのリハビリなど、それぞれ思い思いの形で1日を楽しんでいた。
在宅ケアを支えることが施設の基本方針で、在宅の患者が調子の悪い時にちょつと来て利用してもらいたいという。家庭から来て家庭に帰る施設を目指している。
ここできめ細やかなケアを受け、見違えるように変化している多くのお年寄りたちがいる。Kさん(80代・女性)は、脳梗塞の後遺症で右半身にマヒがある。入所してきた時は、寝たきりで、ベッドで縛られ経管栄養をとっていた。「縛ってまでやる医療はないはず」と考えるこの施設では、優しい言葉をかけ続け、本人がいゃがることはしないケアを心がけた。やがてKさんの心に「みんなが優しく接してくれるという安心感が芽生えたのだろう、周囲の人を受け入れるようになっていった。今では車いすに座り、食事もとれて、笑って話をするまでになっている。
やはり老人病院から移ってきたWさん(80代・女性)は、はじめ攻撃的で看護婦が触るのも受け付けなかった。食事を持って行くと手で払いのけ食べようとしなかったが、好物のお寿司をすすめたことがきっかけとなって、少しずつケアを受け入れるようになった。今では、食事を自分でとり、車いすでデイケアにも参加するようになっている。
この施設のスタッフを紹介すると。高橋敏男さん(58歳)はNHKの通信教育で2級ヘルパー講座を勉強し、30数年務めた会社を昨年辞めて介護の世界に飛び込んだ。西尾健太郎さん(26歳)は地元の小山高専で建築学を学んだ後、この施設に就職。新資格「福祉住環席コーディネーター」の資格に挑戦する。
病院のICU・救急病棟勤務を経て転職した看護婦の田中晴美さん(31歳)は、「病院ではどうしても病気が中心になつてしまいます。ここではまず患者さんの人間性を考えて対応し、施設であっても家族的な雰囲気になるよう心がけています。私たちも家族の一員のつもりです」と語る。このほか、元銀行員の佐々木裕之さん(24歳)、美容師の新村一昭さん(41歳)、主婦張替典子さん(42歳)ら多彩な人材がそろっている。
一人ひとりのスタッフの顔から、新しい医療の姿が見えてくるようだ。

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