在宅ネットワーク・とちぎ
『5年の歩みとこれから』
   代表世話人 太田秀樹
 私が出前医療を旗印に診療所を開業して、そろそろ10年目を迎える。
当時を振り返ると、医療も福祉も、在宅ケアに係わるあらゆる人たちが、思い思いのサービスを勝手に行っていた気がする。
  ある時、訪問診療に出かけると患者さんがいない。どうしたのかと家族に尋ねると、近くにできた老人ホームから職員が営業に来たという。だからお婆ちやんはホームで暮らしていたのだった。何の医療情報も持たずに、彼女は福祉施設に入所したのである。
  またある時は、突然行政から保健婦がやって来て、電動ベッドの申請手続きをして帰ったという。患者さんは、癌の脳転移で在宅療養中だったが、電動ベッドが来る前に、亡くなってしまった。福祉サービスでのベッド貸与の条件には、病名は関係なかったらしい。
  確かにみんなが頑張っていたのだが、ケアの仲間が情報を交換し、共有し、麗しき有機的連携のもとでの、チームケアは夢のような話だった。
  これは縦割りの制度の問題もあるものの、看護婦と医師ですら、同じテーブルで在宅ケアを語る機会がないのだから、いわんや医療職と福祉職が一堂に会して在宅療養について論議する場などあろうはずがなかった。
  そこで、在宅医療に熱心な5人の医師が世話人となって、職種をこえた連携の輪を市民と共に築こうというのが、このネットワーク活動開始の動機となった。1997年のことである。ケアの仲間がもっと仲良くするには、顔の見える連携が重要だという、いってみれば当たり前のことを目指したのである。
  昨年から介護保険制度が施行され、医療福祉の連携だけでなく、民間事業所、つまり産業との連携も重要となった。従って在宅ケアは、コミュニティーケア(地域ケア)という表現で語ったほうが、本質を正確に捉えているような気もする。住宅改造の建築家も、訪問美容師も、福祉タクシーの運転手も、市民それぞれが役割を持って、地域が在宅療養を支える世紀が到来したのである。
  僅か5年であるが、毎年2月11日(建国記念日)に開催される集いで語られる内容は、大きく変化してきた。在宅に係わる専門職の方々の意識が変わり、行政の態度も変わったからである。もちろんケアを受ける側の市民の意識も、徐々に権利意識へと変化しつつある。
  介護保険制度の影響もあって、在宅ケアというと、高齢者医療と結び付けられる傾向が強いが、年齢と関係なく、障害や、疾病によって制限されることなく、在宅での療養が必要な時は『どこでも、いつでも、だれでも質の高い在宅サービスが受けられる社会』を目指して、制度よりもっと大切なものは何かを模索しながら、この活動を続けて行きたい。
  確かな手ごたえとして、変化が感じられること、これが我々のエネルギーとなっていると信じている。

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