MONTHLY 2002.2 介護保険情報
発行 社会保険研究所
月刊地域医学 vol.16(1)2002

「雪が溶けたら水になる」ではなく
「雪が溶けたら春がくる」………
そういう感性を医者ももちたい

 先月に引き続き「在宅医療」がテーマです。今月は,診痺所の医師として,10年来,在宅医療に心血を注いで来られた太田秀樹先生を訪ねました。太田先生は,「おやま城北クリニック」(栃木県小山市)と「蔵の街診療所」(栃木県栃木市)の2つの診療所で在宅医療を行うほか,複数の医師が連携して在宅医療にあたる「メディスクエアゆうき」(茨城県結城市)を運営しています。在宅医療に興味があっても,1年365日,1日24時間,拘
束されることを怖れて一歩を踏み出せないでいる医師たちに向けて「誰でもできる在宅医療」の具体的なモデルを提案したかったからだそうです。医療者が連携し,さらに医療者同士とどまらず,福祉,民間事業者,ボランティアなど,広く地域で連携し,「地域ケア」という視点をもつことで,在宅ケアを支えることはできる,と太田先生。これまでの歩みと,これからの在宅医療についてお話を伺いました。

医局長から“モパイル・ドクター”に

高橋:太田先生はいまでこそ,出前医療,モパイル・ドクターとして活躍されていて,これはあとで伺いますが,「在宅ケアを支える診療所全国ネットワーク」の代表世話人,「在宅ケアネットワーク・栃木」などで,在宅医療を広げる活動もしておられます。しかし10年前までは整形外科の医局長であり,研究者としても業績をあげておられました。それがなぜ,在宅医療に取り組まれるようになったのでしょう。
太田:よく聞かれるのですが,ぼくはじつを言うと,医者になった当時,在宅医療はもとより開業医というものにも魅力を感じていませんでした。父が開業医だったので,跡を継げばいつでもなれるという意識があったからかもしれません。それよりも医学,言ってみれば科学というものに魅力を感じていました。
ところが,10年前にこういうことがありました。ある身体障害者のグループが海外旅行の企画をした。ところが旅行会社に相談すると,すげなく「車椅子の人が海外なんて,ケガでもしたらどうする。うちは責任はとれないから,企画も作れない」。いまは,高齢者でも障害者でも,盲導犬を連れていても車椅子でも旅行ができますが,当時は,障害者に対する偏見がたくさんありました。障害者グループは旅行会社と折衝を重ね,「医者が同行して責任をとってくれれば旅行を作る」という回答をもらいました。それで医者を探したわけです。その話が,ぼくのところに舞い込んできたんです。
行ったら,目から鱗でした。なぜかと言うと,ぼくは整形外科医で,障害者に車椅子を処方したりしているわけですが,車椅子を押したことがなかった。ところが街で押してみて,これは押せないということがわかった。たとえば,ホテルの絨毯はぶかぶかで押せない。押せない車椅子に乗って生活している人たちがいるということを知って,愕然としましたね。
高橋:うむ。
太田:さらに,彼らと生活を共にして,酒を飲んで語り合ううちに,いかに患者が医者を信頼していないかということがわかった。病院に行くといきなり装具をはめられ「当たって痛い」と言うと「我慢しろ」と言われる。つぎに行くと,その先生はもういない。
高橋:よくある話です,ほんとに。
太田:あるいは,脳性麻痺で,構音障害(言語障害の中で,声を発する部分の障害で言葉にならなかったり聞き取れなかったりする障害)が非常に強い人が「何を言っているのかわからないから,診られない」と言われたりする。しかも付き添いの人が「ご本人は何を言ってるのかわかりませんけど,要するにどの薬がほしいんですか」という失礼な対応をされたり。病院に対していいイメージを抱いている人はほとんどいなかった。医者のおかげでよくなったなどという感謝の気持ちなど,誰も,微塵ももっていなかった。それどころか「医者は敵だ」ぐらいに思って市販薬ですませていた。
高橋:ふ−む。
大田:ポリオの女性で,潰瘍というか,相当ひどい状態でも,自己流で治療していた。あるいは,車椅子が壊れたり装具が壊れたりして病院に行く必要が生じても,自分の足では病院に行けない。なぜなら,事椅子や装具が壊れているから。救急車を呼ぶぐらい重病ならともかく。人に助けてもらってなんとか病院に行っても,うさんくさそうな顔をされて「いま忙しいからあとで」。預けた書類が1カ月間も放置されたり,1カ月後に取りに行くと「まだ書類はできていません,先生は学会で留守です」と言われたり。とにかく悲惨だった。
これはおかしい,と感じたんです。そして,では患者のために役立つ医療とは何か。それを考えたときに,行き着いたのが在宅医療でした。一方,大学病院でできない医療は何かと考えたときも,答えは同じでした。
高橋:踏み出すにあたり,確信はありましたか。
太田:誰も成功するとは思っていなかったし,むしろ必ず失敗すると思っていた。ぼく自身も,ダメかもしれないと思っていた。けれども,いろんな人たちに助けられて,いまがあります。看護婦,管理栄養士、理学療法士、歯科医,ソーシャルワーカーといった人たちに,「こういう医療を必要としている人たちは必ずいます。がんばりましょう」と励まされて。
高橋:それで開業をされて,いま「出前医療」と称して,それを中心にやっておられるわけですね。
太田:いま冷静に考えてみると,地位や名誉のあるおえらい人が海外に行くときは,必ず医者を連れていっているんです。日中国交回復をさせた田中角栄さんなども,国交回復までに何度も中国に足を運んで根回しをしていましたが,そのときに必ず医者を連れて行っているんです。南極の越冬隊にも医者がついて行く。チョモランマ登頂もそう。もっとも,医者が行かなければもっと早く登頂できるらしいですが。でも,地位や名誉やお金のある人たちだけが医者を連れて歩けるのはおかしなことで,健康に不安のある人なら,おしなべて医者を連れて歩いていいはずなんです。つまり「動く医者」という分野があっていいはずなんです。施設にとどまっているだけではない,「モパイル・ドクター」がいてもいい。
在宅でこそ“本来の医療”が実現できる高橋:在宅医療′先生の言葉でいうと出前医療,あるいはモパイル医療一は,いまではある意味で”トレンド”にすらなっています。介護保険ができたからということもありますが,やはり必要とされた医療の形だったのだと思います。在宅医療は,やはり医療の原点ですね。
太田:在宅医療が原点というより,ぼくは「医療」が原点だと思いますね。
高橋:というと?
太田:医療の歴史を考えてみると,もともと医療は生活とともにあった。シャーマンとか祈祷師といった人物がやっていて,怪しげなこともあったと思いますが,ともかく,昔の医療の概念の中には,食べること,生活することが含まれていた。ところがルネッサンス以降,18世紀ぐらいから,いや19世紀からといってもいいと思いますが,科学者なるものが登場して,非科学的なことがすべて否定されるようになった。
とくにこの20年間は,ゲノムの時代などといわれ,臓器移植もできるようになった。「医学が進んだ」と言われるけれど,その「進んだ医学」が,ある意味で「医療の基本」をかき消してしまった。
高橋:そうですね。ただ,いま生活は福祉がみる,という考え方もありますが。
太田:福祉の歴史を考えてみると,あれは資本主義経済の発達とともに,第2次産業が生まれて初めて出てきたもの。非常に新しい。医療の概念こそ,昔からあるものなんです。いまのお年寄りを見ていると,薬は飲んでいても,水を飲んでいない,食事もしていないという人が本当に多い。脱水と低栄養なのに,薬だけ飲んでいる。ぼくが「食事が食べられるようになることが医療だろう」と言うと,「それは医療ではない」と言うんです。それぐらいおかしな時代に,いま,なってしまっています。
高橋:昔から脈々と続いている医療の原点が,失われてしまっている,と。
太田:そう。みんな,近代医学のように「科学的」で,突出したスペンャリティが行う医学に幻想のようなものをが抱いていると思いますが,臓器移植ができても,かぜを治せないのがいまの医学です。
そういうことを考えはじめると,やはり在宅医療は面白いと思うんですよ。在宅医療が面白いというより,「本来の医療」を一番忠実に再現できる場が「在宅」なのではないか,という論理です。
高橋:私たち医者は,本来,医療者としてもっていなければならない感覚を,科学性を免罪符にして手放してしまった。
太田:そうなんです。それが間違いなんです。科学的であれば正しいというのは医療者の論理。でも,患者や家族は違う。脳死にしたって,触れて温かければ家族は生きていると思う。それは当然の感覚です。
高橋:まだ心臓も動いているし。
太田:そう。生きてるか死んでるかなんて,医学が決めることではなくて,人間が決めることです。法治国家だから一応,医者が死を判断するけれども,本来 生きているか死んでいるかなんて,誰でも判断できることですから。

グループ診療というシステムの創り方

高橋:じつは先月号(2001年12月号)で,公立病院の地域医療部に所属しながら在宅医療を行う大原呂樹先生を取材しました。太田先生は,公務員ではなく開業医として在宅をやっておられます。開業医が在宅医療をやる意義について伺いたいと思います。
太田:公的病院の先生とぼくがやっていることと,どこが違うかというと,ビジネスとして成立するということを示すということだと思います。公立病院の先生は,儲かっても儲からなくても,ある意味で身分が保障されています。それに対してぼくのような開業医がやる場合,採算性も考えないといけない。だから,こういう医者だって食えるんだよ,誰でもできるんだよという,ひとつのモデルとして示せると思う。
高橋:誰にでもできるといっても,私は,どんな医者でもできるとは思っていませんが。
太田:それは,開業医がネットワーキングすることです。グループ診療。1年365日,24時間の管理というのは1人では絶対にできない。
高橋:そうですね。
太田:できたとしても,続かない。以前、地域医療学教室の先生にこんな話をしたことがあります。「医者が7人集まって6つの診療所を作れば,6年に1度,1年間の休みがとれる」と。だから,医者が集まればできるんです。グループ診療が基本ですよ。
高橋:その論理の実践が「メディスクエア・ゆうき」ですね。こちらではいま,同じ敷地内に整形外札 内科,歯科の3つの診療所,そして老人保健施設があるのですね。整形外科,内科,歯科は待合室が共有で,それも病院のよくある待合室と違い,とてもくつろげる雰囲気でした。
太田:こういうシステムなら誰にでもできるという,グループ診療のひとつのモデルを提示したかったんです。夢を語るだけではなくて,具体的なシステムを提示することで,ぼくはグループ診療というものに普遍性をもたせたいとも思っています。
高橋:しかし,誰とネットワークするかは重要てす。
大田:そうです。じつは医局長をやっていたときに気づいたことがあります。自分の力だけを信じて,自分をとりまく医療環境をまったく無視してやりたい放題やる医師がいかに多いか。しかもそういう先生に限って,クレームがくると必ず自分以外のところに問題を見出します。「手術がうまくいかないのは,看護婦のレベルが低いからだ」「最新の機械がないからだ」「院長の教育が悪い」…。
その姿を見て,チームで働くという意識が,医師にはなんて希薄なんだろうと思いました。ところがなかには,チームワークがとれる先生がいるんですよね。
その病院でできる範囲の手術しかしないし,いくら能力が高くても手術が危険であればやらない。要するに,環境になじんで医療を提供している。
高橋:ある意味で,グループ診寮ができる資質のある医師と組むことが大事だ,と。
太田:医者の評価を医者がすると,経歴だとか,学歴だとか,出身校だとか,惑わされる要因が多々ありますが,そうではなくて,看護婦や患者に評判のいい「いい医者」とネットワークすれば,とてもいい医療環境になると思います。もっといえば,普通の感覚のある医者がいい。
高橋:普通の感覚。
太日:よく言うのですが「雪が溶けたら水になる」ではなくて「雪が溶けたら春がくる」という感性を持っている医者。
高橋:ははあ。
太田:ぼくら医者は,雪は水でできているか溶ければ水になると考えがちですが,福祉系の人と話していると,発言は情緒的ですよ。ぼくらは,情緒的であることを否定して,ずっと科学的であることを求めてきたじゃないですか。
高橋:その傾向は強いですね。
太田:だけど,科学で人間のすべてを理解できるものではないんです,残念ながら。
高橋:ただ「医学」は科学的ですが,「医療」は情緒的な面があると思います。
太田:そう。ぼくも,医寮は社会科学だなあと思っています。バイオメディカルな問題よりも,サイコソーシャルな問題のほうが多いと思う。
高橋:多いですよね。
太田:だから,孫とぶつかって転んだおばあちゃんは,すぐに腰痛は治るけど,嫁とぶつかって転んだ場合は,なっかなか治らないよね。
高橋:あはは。
太田:患者さんと話をしていると,わかりますよね。「やられた」ということを,常に言いますからね。「いま私の腰が痛いのは,10年前にこういうことがあって」と。
高橋:ところで,よく「在宅医療をやっている医者は,患者さんが家で亡くなることができれば,それで満足なんだ」と言う人がいますが,それについて先生はどうお考えですか。
太田:ぼくは,在宅で死ぬということは結果であって,目標でもなんでもないと思っています。目的は,在宅で人間らしく暮らすこと。在宅医痺は,それを支援するためにこそあるものです。
高橋:在宅で亡(なることを金字塔のように思ってしまう。
太田:在宅で人間らしく暮らした結果,在宅で亡くなる場合もあるし,病院で亡くなる場合もあるということだと思います。要は,在宅での普通の暮らしを支援する医療です。だから,積極的な医療をするかしないか,延命治療をするかしないかというのは,それまでに十分に話し合っておくことであって,患者の自己選択,家族の考え方を大事にした医療でありたい。そして,家族が「最後まで在宅で」といっても,ちょっと治療すれば元気になるというのなら,入院したっていいわけです。だから「入院して,元気になって帰ってこようよ」と勧めます。ただし,病院に行くと,スタリーニング(入院時に行われる検査)だけで死んでしまうことがあるから。ぼくは,在宅で亡くなることが最高だとは思っていません。
高橋:そうですね。

コミュニティケア(地域ケア)の視点で

高橋:つぎにネットワークについて伺いたいのですが,先生は「在宅ケアネットワーク・栃木」の代表世話人,「在宅ケアを支える診療所全図ネットワーク」の代表世話人をされています。あれはどういう形で関わ
られているのですか。
太田:「在宅ケアを支える診療所全国ネットワーク」は,名前が長くて非常に言いづらいのですが,もともと,在宅医療が経営の足をひいていたような時代に,必要だからやろうといって,在宅に出かけていった先生方が中心になって作ったネットワークです。生活医療というか,生活をみる医者がいてもいいじゃないかと。いま,臓器別の専門家ばかりですから。肝臓の専門家,腎臓の専門家,心臓の専門家…。そうではなくて、1人の人をすべてみる医者がいてもいいんじゃないか,その暮らしも一緒にみていける医者がいてもいいんじゃないかと。それで,往診をやっていた先生方が,そのためにはチームを組むことが必要だと。医者ができることは少なくて,みんなで支えなければならないということで,「チーム医療」「動く医療」を掲げてネットワ
ークしたというわけです。それが1995年ごろのこと。在宅医療というものが,少し市民権を得てきたころです。
最初は小さな会でした。そして孤軍奮闘する医者たちが,お互いに寂しさを慰め会うような会でした。つまり,地域から浮いていたわけです。「あの医者は変わっている。何科の医者だかわからない」。当時はまだ,そういう評価がありました。
高橋:「本当の専門は何科ですか」と聞かれますよね。
太田:そうそう。「ぼくらは,ぜんぶを診るんですよ」といっても「医者が1人ですべてを診られるわけがない。いい加減なことをやってるに決まってる」。そういう時代に,苦労したわけです。それで,地域の市民団体とネットワークするにはどうしたらいいかとか,医師会と仲良くするにはどうしたらいいかとか,因っていることを語り合うような会でした。それが,だんだん基本理念がみんなの共感を得て,いまでは大きな会に育ちました。
高橋:そうですね。
太田:そのときに,全国組織で何かをやろうと考えるよりも,地域で何ができるかを考えないといけないよ,ということで。それで,私はたまたま,栃木のネットワークの世話人をしていて,栃木にももっともっと在宅をやる医者を増やさなければいけないし,在宅ケアを理解できるコメディカルを増やさないといけない,と。そのときに,奥野正孝先生(現・神島診療所・三重県)高橋先生らと出会って,「在宅ケアネットワーク・栃木」を立ち上げたんです。
高橋:5年前になりますね。
太田:そのときは,全国ネットワークの分科会というか,栃木会議というか,地方会のようなネットワークでした。ところが,そうしたらそのときにとったアンケートで,「こんな会は初めてだ。いままで看護婦は看護婦,医者なら医者,ヘルパーはヘルパーというように,別々に考えていたけれども,横につながるような会がなかった。こういう会こそ,大事にしてほしい」という参加者の声がありました。それで,ネットワークを作ることになったんです。宇都宮,県北,県南,県西という形で,各ェリアで在宅に熱心な先生に声をかけて,6,7人,集めて,そして立ち上がりました。そして,コメディカルとネットワ←クしていった。
高橋:そうでしたね。
太田:そのコメディカルも,最初は看護婦とどうやって仲良くするかとか,医療職同士がどうネットワークするかから始まりました。それがこんど,福祉職に広がって,行政にまで広がっていった。そういう時代になってきた。さらに介確保険が始まってどうなったか。民間事業者,つまり地域の産業とネットワークしないと在宅ケアができない時代になってきた。だから,ぼくに言わせれば医療・福祉ネットワークなどというものではなくて,医療・福祉・産業のネットワークができてこそ,在宅ケアを支えられる。コミュニテイ・ケア(地域ケア)なんだ,と思っています。在宅ケアという言葉よりも,コミュニティケアという言葉のほうが,本質を的確に言い表しているように思います。酒屋の御用聞き,米屋の宅配,介護福祉タクシー,美容師の訪問,建築家の住宅改修など,地域みんなで連携して支えるという意識,マインドをもってもらわないといけない。
高橋:ハートではなく,マインドですね。
太田:ぼくは「ハート」という言葉はちょっと寂しい気がする。「可哀想だね」「何かしてあげられるといいんだけど」といった,きわめで情緒的な,気分的な感じがするから。ああ,だけど「マインド」というと,そこには明確な意思がありますよね。
高橋:確固とした信念ですよね。それで,実際にネットワーク活動をされてきて,確実に変わってきているでしょうか。
太田:まず参加してくる人たちの層が拡大しました。それから,そこで討議される内容が変わってきました。昔は,医者とネットワークするといっても敷居が高くて,医者を前にすると何を話していいかわからなくなるというような時代もあったわけです。だけど最近は,「こういう医者がいて,自分はその医者の考え方はおかしいと思うが,変えるにはどうしたらいいだろうか」という質問が出てくるぐらいになった。
専門職が,市民にとって遠い存在ではなくて,親しい存在なんだよということが,理解され始めてきたかなと。
高橋:もともと私たちも,市民税を払っている市民ですから。
太田:そう。だから市民として参加しないと。たとえば,ぼくが医者を引退して,シルバー人材センターに登録するとします。そのとき 「手先が器用なので台所の棚吊りぐらいならできます。でも,医者の資格ももっているので,死亡診断書も書けます」みたいな(笑)。
高橋:なるほどね。
太田:急性期の病気は治るけれど,医者が治しているのは何割でしかない。みんな1人でに治っている。そしで慢性期の病気は治らないんです。だから,内部障害,「見えない障害」と捉えないといけない。そういうことをちゃんと認識していないといけない。何もかもすべて医者が治しているというように,錯覚してはいけないよね。
高橋:それには医学教育もからんできますよね。
太田:ぼくの言うことを,高椅先生はものすごくよくわかってくれてると思う。こういうぶうに理解しあえる医師は少ないよね。

介譲保険制度の枠を超えて

高橋:先生はこれからどのような方向に進んでいかれるのでしょう。夢でも計画でも。
太田:ぼくはね,半分は夢ですが,こういうことを考えています。医療というと,病院,言ってみれば“施設”の中にあります。でも,施設の医療というのは非日常です。生活を排除している。外来医療はもう少し生活に近いところにありますが,生活そのものではない。これに対して,在宅医療はまさに生活の中にある医療で,第三の医療だと,思っていました。だけど,いまの急速に進む高齢社会を見ていると,将来は,高齢者の集合住宅やグループホームなど,高齢者の住宅に医療をどう提供していくかということが大きな課題になっていくと思う。在宅で医療なんてできないと言われていた時に在宅に医療を提供したら,施設よりもいい医療ができることがわかった。それは“第三の医療”がうまくいったと,ぼくは思っているわけです。そうすると,高齢者の住宅,住宅を施設化したようなところにどういう医療を提供するかということが,これからすごく大きなテーマになってくると思います。“第四の医療”というと言いすぎかもしれません。“3・5”ぐらいかな。
いまグループホームで働く人たちは,心温かいよいケアを提供していると思います。でも,気持ちがあっても,技術と知識がなければどうにもならないこともある。だから,そういうところに医療を提供しながら,同時にスタッフも,本当に立派なナーシングができるケアワーカーに育てていく。そういうことが,ぼ〈の今後の役割としてあると思います。それが,ぼくの次の10年の仕事ではないかと考えています。
高橋:そうですか。
太田:つまりね,高齢者が自分の家で自分らしく暮らすということは,いくら介護保険ができたといっても,介護力に問題があって,できないんです。施設に入ったら,もっと悲惨です。ユニットケアなどというけれど,ユニットケアといっても施設であることに変わりはないと思います。施設の自宅化などというバカなことはやめて,自宅を施設化していけばいいんです。ヨーロッパのようにね。そのなかに,ナーシング・ホームがあり,アクティビテイ・センターがあればいいんです。
高橋:現状では,グループホームは障害者部門を除けば,痴呆性老人しか認められていないですよね。
太田:それは,介護保険制度のなかでの話。そんな小さな話をしているのではなくて,これから高齢者が自立していくにはどうしたらいいかというと,高齢者同士が支えあうことが大事だと思う。1人で暮らしているよりは。だから,みんなが下宿のように各部屋に住んで。
高橋:管理人のような人が1人常駐して。
太田:ケアワーカーがいたっていいし。高橋先生とぼくとで半分ずつお金を出しあってほかに1人,おいしいご飯を作ってくれる人を雇おうよ,ということでも暮らせるじゃないですか。
高橋:そうですね。
太田:先生は子供が5人いるから,子供の世話になるという手もありますけどね。
高橋:いえいえ,私は「子供の数が多いから安心だね」といわれると,それはちょっと違うと思ってしまうんです。
太田:そうでしょう。そうしたら,先生が万が一,1人で暮らさなければならない境遇になって,そのときぼくも同じ境遇だったら,2人で一緒に暮らして,人を1人雇って。で,そこにどう医療をもっていくのかということをテーマにしようかなと思っています。
高橋:制度化させていくということですか?
太田:それはね,あとで制度化されると思う。つまり,ぼくが在宅医療を始めたころは,まだ制度化されていなかったけど,こういうことが必要だというふうに言って,やってきたら,結果的にそれが制度になった。グループホームもそう。市民ががんばって厚生省(現・厚生労働省)に「これがいい」と言ったことで制度化された。市民活動のひとつの成果だと思う。
高橋:最後に,この雑誌は地域医療振興協会の会員である医師,あるいは自治医大の医学生も読んでいます。それかから,各都道府県,厚生労働省にも配られます。地域医療に関心、のある方も読まれると思いますので,そういう方々にメッセージをお願いします。
太田:いっしょにネットワークして,安心して暮らせる地域を作ろうよ,ということかな。とかく医者は自分のほうがエライと思いがちですが,そんなこと,利用者にとってはどうでもいいことなんですよね。だから,もっとしなやかな感性,市民と価値観を共有できるような感性をもって,ネットワークしていこうよといいたいですね。もちろん,すべての人に望んでいるわけではなくて,本当に地域医療をやろうと思うのなら,コミュニティケアをやろうよ,と言いたいですね。この栃木で誰かがおやりになりたいと思うなら,うちとネットワークしてやりましょう。
高橋:ありがとうございました。
(構成:フリーライター・敷田牧子)

「在宅ケアネットワーク・栃木」
集いのお知らせ

 毎年,同じ日,同じ場所で行われる集いで,栃木県内外から400人前後が集まります。シンポジウム,基調講演,活動報告など盛りだくさん。是非おいでください。当日参加も可能です。
日時:2002年2月11日(祝)
10時〜
場所:自治医科大学地域医療情報研修センター
大講堂
詳しくは,以下のホームページまで
http:〃www.lancenet.or.jp/carenet/

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