2004年9月1日発行
看護学雑誌 9
誌上事例検討会

腹臥位療法が効を奏さなかった事例に学ぶ 

◆事例を振り返って

 昼間ふつうに話していた方がその日のうちに亡くなってしまいました。
私はその後長い間、「手落ちがあっただろうか」と考え続けていました。経過を振り返って、高齢者の肺炎は急性憎悪することがあるとか、肺水腫から心不全につながることがあるとか、後から考えてみたのですが、どうも釈然としません。
リン酸コデインで咳が治まったので油断したのだろうかとか、腹臥位療法を過信したため観察・予測が甘くなったのか、とも考えましたが、それだけでもないように思います。では、何をどうすればよかったのでしょうか?
今回、忌憚のないご意見をいただき、改めて自分のかかわりを点検してみたいと思います。又、この事例から得た教訓を、今後の呼吸器疾患患者に対するケアに生かしたいと思います。

エキスパート・コメント

腹臥位は適応であったか?

■「ごちゃごちゃ適応」に陥っていませんか?

 低酸素血症でない患者さんには酸素吸入をしません。もちろん,低酸素血症を解熱薬で治療することはありません。すなわち,治療は適応のある疾患や病態に限って行なうことが大原則です。
「そんなことは当然」と一笑されるでしょう。では,腹臥位管理と体位ドレナージの適応の違いはご存知ですか? 正しく説明できない方は,腹臥位管理,体位ドレナージ,それに加えて褥瘡予防のための体位変換を,頭では区別しているが行なっていることは同じという,「ごちゃごちゃ適応」に陥っている危険性があります。
呼吸管理で用いられる腹臥位の適応は,原則として,@下側肺障害が存在していること,Aその発症早期(通常,数日以内)であること,です。下側肺障害は,仰臥位で長時間寝たままの患者さんの肺の背側に限局して現われます.主に急性肺水腫や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)で発症し,ときに大量の気道分泌物の貯留,誤嚥,肺炎などにも見られます。確定診断には胸部CT検査が不可欠ですが,簡易的には胸部]線写真と胸部聴診・打診でも診断されます。

●治療としての腹臥位管理

 治療の手順で大切なのは,腹臥位にして20分から60分以内に,パルスオキシメータあるいは肺の聴診・打診に改善(排痰疾量が増えるとは限りません)を認めなければ,腹臥位を中止して適応を再検討すべきことです。有効な場合は,腹臥位にして5〜10分前後で明らかな改善が認められますので,2時間を目途に継続します。この間は観察の継続が必要です。
この事例では,全身に急性の浮腫が現われSpO2も低値なので,急性肺水腫による下側肺障害が発症し,気管支肝炎で増えた気道分泌物が貯留して増悪したかも知れません。しかし,下側肺障害は診断できていませんし,腹臥位にした後のSpO2の改善は確認されていません。また,患者さんは長時間寝たきりにはなっていません。すなわち,SpO2低値は下側肺障害ではなく,腹臥位が適応でない原因で生じていた可能性が考えられます。
この事例では危険なレベルにまで低下したSpO2への治療的な緊急対応が最優先事項です。これについては,続けて福家先生と行岡先生が解説されますので割愛します。
腹臥位を排痰促進や褥瘡予防に用いるのは看護(処置)ですが,低酸素血症の改善を目的に行なう腹臥位は看護(処置)ではなく治療(行為)です。腹臥位が有効でなければ低酸素血痘は致命的になる危険性を理解しなければなりません。この意味で,患者さんは避けられない人生の最後に,私たちに尊い教えを授けてくださったものと,心から感謝を捧げたいと思います.           (丸川征四郎)

SpO2低下のメカニズムは?

■呼吸障害の評価方法

 この事例では2月14日に発熱と乾性の咳を訴えています。さほどの高熱ではありませんが,高齢者ではたいした熱ではないからといって肺炎は否定できません。脈拍数が102/分ですので,身体に何か異変があることは明らかです。さらに徒歩で2〜3分の距離を息切れのため数回休んでいます.この原因が呼吸器系の障害だとすれば,Hugh-Jones分類(表)の4度で「高度の障害」となります.心不全でも活動制限はきますが,この時点では浮腫はなかったことと,2月17日に「脱水気味」といわれていることから,呼吸器系の障害と考えます。
SpO2 93%はまだ耐えられる範囲のように思えますが,もともとのSpO2 98%というのがこの年齢にしては高すぎるので,もしかすると「値が高く出やすい」性質の機器で測定したのかもしれません。しかしここでは,呼吸困難という臨床症状の出現のほうを重視したいと思います。
結論から言えば,2月17日の時点では,腹臥位にして状況を改善できるという段階ではないので,主治医も「入院してもいいですよ」ではなく,「入院すべきです」と強く勧めるのが妥当だったと思います.

■症状から考えられる原因

 その原因としては,まず肺炎が念頭に浮かびますが,]線写真で「軽い炎症」とあるのが,少し納得いきません。「脱水気味」という判断が,肺血管陰影の減少を根拠にしているのなら,肺塞栓が予想されます.悪性腫瘍があることは,下肢の血栓の可能性も高めますが,腫瘍(胃癌)の下大静脈浸潤に由来する腫瘍塞栓も考える価値はあります。
19日以降に出現した全身の浮腫も,肺塞栓により右心不全が続発したとして説明できます。また,白色便もただごとではありません.胆道の閉塞あるいは肝内胆汁うっ滞を意味しますので,黄疸が出ていなかったのか気になります。
全体を総括すると,胃癌の浸潤による肺塞栓および胆道閉塞ではないかと推測します。ほかの可能性としては癌性リンパ管症,間質性肺炎などもまだ完全には否定できません。                     (箱家伸夫)

SpO2 83〜89%の呼吸生理学的な意味は?

■データからわかる急性呼吸不全

 急性呼吸不全は「呼吸機能の障害により急激に室内気吸入時の動脈血酸素分庄(PaO2)が60mmHg以下となり,生体が正常な機能を営めなくなった状態」と定義されています。
「PaO2 60mmHg以下」は,なぜ重要なのでしょうか?血液にはヘモグロビンが存在し,酸素を運搬しますが,「PaO2」と「ヘモグロビンが酸素と結合する割合(酸素飽和度SO2)」には一定の関係があります(酸素解離曲線)。図のように,PaO2≦60mmHgではSO2が急激に低下するため,組織に十分酸素を供給できない状態になります。これが「PaO2 60mmHg以下」を呼吸不全とする理由です.
SpO2とは,SO2をパルスオキシメータにより経皮的に測定した値であり(SpO2のPはパルスオキシメータの頭文字.非常に有用であるが,低血圧,低体温などでは測定値が不正確になる),PaO2 60mmHgではSpO2 90%となります。すなわち,この事例のように,呼吸状態が急速に悪化し,SpO2≦90%となれば「急性呼吸不全」と診断することができます。

■酸素化の改善のためにすべきこと

 急性呼吸不全において,まず行なうべきことは酸素投与であり,SpO2>90%を目標とします。ただし,肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患の場合には,高濃度酸素投与で呼吸抑制が生じ,意識障害が起こる危険性があります(CO2ナルコーシス)。
SpO2 75%,すなわちPaO2 40mmHgのような著明な低酸素血症では,徐脈,ショックや心停止の危険性があり,迅速な高濃度酸素投与などの処置を必要とします。
マスクなどによる高濃度酸素投与でもSpO2≦90%の楊合は人工呼吸が必要です。気管挿管や気管切開による人工呼吸が一般的ですが,合併症やQOLの低下を避けるため,気管挿管を行なわずに陽圧換気を行なう非侵襲的陽庄人工呼吸も広く実施されています。           (行岡秀和)

行なうべきり八ビリは?

■腹臥位療法と腹臥位管理

 

 まず,有働氏の提唱する腹臥位療法と,呼吸理学療法の1つとしての腹臥位管理とは分けて考える必要があると思います。有働氏の腹臥位療法は,「手掌を下にした腹臥位により視床下部に刺激を与えて,精神的,身体的側面に好影響を期待する方法」といわれていますが,この事例で行なったものは,酸素化を改善するための腹臥位管理のようです。有働氏の腹臥位療法を行なって,副次的に酸素化がよくなるというデータがあるとしても,今回の腹臥位管理は,その導入段階で下側肺障害があったか評価すべきであったと考えます。
2月14日の所見によると,安静時の脈拍も100拍/分以上で瀕脈ですし,患者さんの訴えから心不全を疑っているようですが,2月17日の定期受診日に脱水気味といわれ,胸部]線写真上も右師に軽い炎症の所見のみで,心不全を感じさせるものではないことが混乱を招いたと推察します。体重の変化は観察していませんでしたか?
2月17日以降,むくみが出てSpO2が低値となった時点で再受診を勧めるべきであったと思います。また,SpO2が低値となった時点で,酸素吸入を開始すべきであったようにも思います。その後,腹臥位を試みていますが,腹臥位はきわめて非生理的な体位です。腹臥位にした際に,少なくともSpO2の改善が認められないことを確認した時点で,腹臥位を中止するべきであったと思います。「ああ,楽になった」との表現は,全身マッサージをされたことに対する反応だったように思います。

 

■リハビリは病状が安定しているうちに

 

 この患者さんに対するリハビリテーションは,7月の段階で下肢筋力低下を認めておりますので,病状が安定している時期に(予備力をつける意味でも),訪問時に適切な運動メニューを作成したほうがよかったと思います。高齢の場合は,「1日に何歩歩く」「ラジオ体操を毎日やる」などの日課的なものでも十分かと思います。基礎体力の維持は喀痰能力を維持し,感染予防にも役立ちます。
2月14日以降は,いわゆる一般的なリハビリテーションの適応とは思えず,むしろ,訪問看護師として,またリハビリテーションチームの一員として,病院へ速やかに移送する連携プレーを行なうべきであったと思われます。
このような最期を迎えた場合,病理解剖を行なっていることが多いと思われますので,釈然としない思いを解消してくれるのは,ほかでもないご本人様の病理解剖の結果と思われます。  (高橋哲也)

■臨終の迎え方について

 筆者の医療機関では,13年前からグループ診療体制で24時間365日の在宅医療を行なっています。在宅での看取りの経験を100例以上持ち,教科書に書かれていない数々の経験をしています。エビデンスというよりナラティヴな側面が強いのですが,症例を重ねるなかで,普遍的な事実がみえてきました。とりわけ,高齢者の人生の最期と,必ず死にいたる癌や神経・筋難病などのターミナルケアでは,緩和ケア導入に際し判断の基準が異なります。
しかし,いずれの場合でも,過剰な医療を行なうことなく,自然の経過を観察できた例では,苦痛の少ない穏やかな最期を迎えられることが多いものです。これは,在宅か施設かといった,医療を提供する場の違いではなく,あくまでも適切な医療が提供されたかどうかが分かれ目です。
臨終の迎え方で重要なポイントは,死期を予測し,死に至るまでの経過を具体的に示し,本人や家族の不安を除きながら,死を受け入れるために十分なコミュニケーションをとることです。以下に,筆者が実践のなかから導きだした知見を列挙しますので,参考にしていただければと思います。
@意識がなくなってから死が近いと判断するのではない・なぜなら息を引きとるその瞬間まで意識があるからである。
A「そろそろですね」と判断してから,女性では思いのほか危篤状態が長く,一方男性はあっけないほど短い。
H癌は明らかに,確実に進行し生命をむしばんでゆくが,一方で廃用症候群は改善させることができる。これが,全身状態は改善していると判断してしまう落とし穴である。
C死の臨床とは病理学的な問題なのか,生理学的問題なのか,看取りの経験を積めば積むほど疑問が深まる・血液生化学的検査値などは死期を予測する上でまったく役に立たないからである。
Dバイクルサインに翻弄されてはいけない.ただし,原因の説明できないSpO2の低下は最も重要な危険信号である。
今回の提示例には,これらすべてがあてはまるような気がします。すなわち,この事例は教訓的な在宅ターミナルケアの典型例であったとの認識をもってもいいのではないでしょうか。“Life”とは生命であり,生活であり,人生です。ゆえに在宅ケアは,人生をも支えることができるのです。(太田秀樹)

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