ケアデザイン 夏号 2001

退院したその先の
生活まで見ないことには意味がない

医療法人喜望会
理事長 太 田 秀 樹

 大学病院の医局長だった太田医師が、在宅医療
の道に進んだきっかけは、たまたま障害者とー緒
に行った旅行だった。

「私は患者に車いすも処方してきたけど、自分で車いすを押したのはそのときが初めてだったんです。押してみて初めて、乗ってる人はいかに大変か、町はどれほどバリアだらけか、自分はこれまでいかに患者の立場を理解しないで、科学性が高いということだけを免罪符としてやってきたのかと思い知らされたんです」

  手術して歩けるようになった患者が、退院後し
ばらくすると歩けなくなって病院へ舞い戻ってく
る。医療に対する満足度も、医者と患者ではまっ
たく違う尺度で計られていたことを実感した。

「歩けるようになって家に帰ったのに、どうして家でも歩かなかったかと聞くと、『だって家では畳だから危なくて』って。病院じや畳の上を歩く訓練をしないからね。家でリハビリしてましたって人でも、よく開けばやり方が間違っている。だけど、医者はそこまで指導してない。手術してよくなったら退院させてお終い。その先のことは関係ない、知らない。退院したその先の生活まで知らないことには意味ないなあと、すごく痛切に感じたわけです」

 在宅医療とは、患者を
生物学的、心理学的、
祉会学的に、全人的に
ケアする医療です

 1992年、24時間体制の往診を中心にした
「おやま城北クリニック」を開設。患者の家を訪
ね、生活のなかに入っていくと、驚くことばかり
だった。

「病院の医者は、“病人”を診るんじやなくて、〃病気〃を診るだけ。床ずれがあってもその治療しかしないから、いつまでたっても治らない。だけど、患者さんの家に行ってみればすぐわかる。どんな部屋で寝てるか、誰がどんなふうに介護されてるかってことがね。だから、ベッドの置き方はこう変えて、シーツはこう敷いて、体位交換はこうやってと、ケアの幅が広がっていくわけです。在宅医療の基本は、患者の日常生活をいかに支えるかなんです。そのためには患者や家族と信頼関係が結ばれてなくちゃ何にもできない。少しずつでも生活背景を知っていくことですよ。
例えば、おばあさんが庭の石を持ち上げようとして腰を痛めた。病院の外来のカルテだったら、『重量物を持ち上げて腰をひねったのが原因』と書かれるでしょ。だけど、それじや実際の治療には役に立たない。
おばあさんがなぜ石を持ち上げたのかが問題なんですよ。嫁が漬物を漬けないから自分でやろうと思ったというなら、こりゃあ一生治らない(笑)。その場合はただ話を開いてあげる。『大変だねえつて』。
ところが、孫がおばあちゃんの漬物がおいしいって言ったから張りきつて漬けてやろうと思って、というときは治るんです。そういうときは、『お孫さんは元気かい?』といった話をする。
そうやって暮らしぶりを知っていくと、その人がわかってくる。そして、向こうも僕のことがわかってくる。この医者は少しは信頼できるかもしれないって(笑)。在宅医療というのは、その人を、生物学的、心理学的、社会学的にトータルに診る医療なんです」

病気の患者さんは家にいて
健康な医者が出向いていく
そっちのはうが当たり前

 クリニックに続いて、老人保健施設も訪問看護
ステ一ソョンもヘルパーステーションもつくった。

「在宅医療は医者だけでできるもんじやない。チームで行うシステムづくりが不可欠なんです。特に看護婦とヘルパーは大切なコ・メディカル(co-medical/医療の仲間)です。それと、家族の介護負担を軽減するために、患者にデイケアやショートステイを利用させようと思っても、自分のところの訪問看護を受けないとデイケアが使えないとか、ショートステイでは縛って点滴するとか、信頼できるところがほとんどなかったんです。だから、自分の目の届くところで見るしかないとなったわけです」太田医師が世話人をしている「在宅ケアを支える診療所全国ネットワーク」に参画する診療所の数は、設立当初の84から、現在は400を超えた。
「病気の患者さんが動くんじやなくて、健康な医者が動くんだってことだよね。難しいこと考える前に、当たり前のことを考えたほうがいいっていうことですよ。そういう”常識”がわかる医者がだんだん増えてはきている」

 だが、在宅医療に熱心な医者は、全体でみれば
まだまだ少数派。昔の医者は往診してくれるのが
普通だった。なのに今はどうして?

「専門性の高い医療が上で、在宅医療は格下とみなしている医者たちが相変わらずいるんです。何より医者の意識が変わらなきゃ。真理は現場にあると思うんです。現場のさまざまなエビデンスを集大成して、在宅医療学というものをつくり上げていくことも必要です」

 地域のなかの
いろんな支えあいの
歯車がうまく
かみあっていけばいい
在宅医療とは、生活のなかで医療を提供するこ
とだ。そこで医者ができることとは?

「医者だけが大事というわけではなく、看護婦もヘルパーも訪問美容師も同じように大切なんです。在宅医療は生活のなかにあるべきだからこそ、地域を切り口にしなきやいけない。在宅ケアというのは、コミュニティケアそのものだと思うんです。だから地域全体で支えるという発想をみんなが持って、いろんな歯車がうまくかみあっていけばいい。
例えば、徘徊にしても、なぜ徘徊するのか?ってところから考える。徘徊にはちゃんと意味があるんですよ。家に帰りたい、故郷に帰りたいってね。周囲が理解できないだけ。意味のある行動を阻止するのはすごく難しい。“徘徊が散歩に変わる街づくり”って標語がありますね。そういう街にするためには人間関係を良好にしていかなくちゃ。
そして、医者ができることは、徘徊が起きる背景を説明し、治せる徘徊か治せない徘徊かを見極めること。あるいは、『寝たきり・寝たふり・寝かせきり』を、ちゃんとした根拠を持って見分けること。医学的な管理は施設医療に比較しても遜色なくできる。これが前提条件ですが、僕らができるのはそこまでなんですね。あとは、社会で受け入れていく。医者もコミュニティケアの一員でしかないということです」

 雪が解けたら
水になる、ではなく、
「春になる」と考える医者に
僕はなりたい

「病気でも障害があっても、年を取っても、家で暮らしたいという思いを支えていくためには、お年寄りが本音で言いたいことを言えるようにしなければいけない。患者が『先生、それちょつとやだよ』って、ノーを言えるようにならなくちゃ。
だからね、僕も、医者と患者という関係じやなくて、ちょつと知りあいの家に行って様子を見てくるって気分でやってます。
『雪が解けたら、水になる』と考える医者が多いけれど、僕は、『雪が解けたら、春になる』って考える医者でありたい。春を心待ちにしているお年寄りの感性を共有することが大切なんですよ。それと全人的なケア。在宅医療に必要なのは、『冷えた頭と、熱き心』かな」

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