自立支援のための福祉用具を考える


医療法人アスムス理事長 太田秀樹、
理学療法士 江連素実

 前回、前々回の稿では、要介護高齢者の多くが不良姿勢を強いられて車いすを利用している実態を報告し、それらの不良姿勢をモジュール型車いすの応用で改善できるか検討、モジュール型車いすの優位性について言及した。しかし一方で、介護者からは、車いすは軽量であることがもっとも重要だ」といった声も未だ開かれ、介護のしやすさが車いす選びの重要な基準となっている。

 このような意識が、自立に向けた車いすのありかたを軽視する要因の一つとなっていると思われるが、今回の最終稿では、介護者の視点での車いすへの評価を勘案し、自立支援に向けた福祉用具選定を阻む問題についても考えてみたい。

 

現場における福祉用具の位置づけは適切か

 

 平成12年にスタートした介護保険制度では、在宅療養の推進に力が注がれて、介護サービスメニューのひとつに福祉用具の貸与が組み込まれてる。その対象品目も平成15年度より17品目とさらに増えた。

 厚生労働省の介護給付実態調査報告(平成15年12月15日)によると、福祉用具貸与は居宅サービス受給者の36.7%が利用しており(平成15年10月現在)、車いすの貸与は13.4%と特珠寝台に次いで多い。本来福祉用具は、利用者の状態像、それらの使用環境、取り巻く家族の介護力や介護保険サービス提供者である医療・福祉の専門家のアドバイスなど、多角的な視点で選定されないと有効な活用は困難である。何を目的にどのように使用するのかを正しく把握し、適切に用具が選ばれてはじめて自立支援のための福祉用具の実際的な活用につながると考えられる。選択肢が増えても、何を選択したらよいのか戸惑いがあるのが現状で、その導入に際して適切な指導ができる人材の不足は深刻だ。

 介護保険制度利用には介護支援専門員がたいへん重要な役割を果たしており、これは福祉用具の導入においても同様である。さらに介護の現場に目を向けると、施設基準や人員配置基準は厳密に規定されているものの、福祉用具の導入については、基準や規定などほとんどない。

 市場にはさまざまな福祉機器が紹介されているにもかかわらず、病院や高齢者施設で、欧米のように個人の障害や体格に合わせて調整された車いすを目にすることは少ない。さらに腰痛予防など、ケアワーカーヘの健康配慮のため、移乗に際してリフトを設置するようにといった指導はない。それどころか、行政から器械による介護が利用者の尊厳にかかわるので好ましくないという指導を受けた経験があるなど、福祉機器に対する社会全体の偏見は大きなものがある。

 

ケアワーカーの視点で

モジュラー型車いすを評価する

 

 高齢者施設において、標準型およびモジュラー型車いすを試用体験し、車いすに村する評価をケアワーカーの視点から検討してみた(勇実記念財田助成研究報告書より)

 

1.研究の概要

 研究調査は短期入所療養介護利用者を含む50床の介護老人保健施設で行った。対象者は施設入所中で標準型車椅子を利用している要介護度3レベル以上の利用者13名(68歳から95歳の男性4名・女性9名で平均年齢85.4歳)。これらの症例は、普通型車いす利用における問題点の実態調査に協力を得た利用者と一部重複する。13名全員は移乗動作に介助を要する状態であった。これらの症例にモジュール型車いすを一定期間利用してもらい、ケアワーカーへ介護のしやすさなどについてアンケート調査を行った。アンケートの対象者は、平成15年7月現在の調査時に当施設に勤務しているケアワーカー16名である。ケアワーカーの経験年数は0か月から13年5か月、平均3年7か月。基礎資格は14名がヘルパー2級もしくは介護福祉士で、資格取得後1か月から4年2か月、平均2年6か月である。年齢は22歳から54歳で、男性5名・女性11名。平均年齢34.5歳である。車いす利用者自身の印象では、使い慣れた車いすに好印象を抱く傾向が見られているが、果たしてケアワーカーにおいてはどうであろうか。

 

 2.研究の方法

 試用体験のモジュラー型車いすは、ドイツ・ソプール社のイージー160Hで、試用体験期間は2週間から4週間であった。モジュラー型車いす使用開始時に、対象者ごとにフイツティングした。その内容は、座幅・奥行き・前後座高・背張り・アームレストフットレスト、クッションの調整である。

ケアワーカーらは、介護老人保健施設での通常の生活支援を行い、モジュラー型車いすと標準型尊いすの使い勝手についてアンケート調査に答えた。さらにその分析には、ケアワーカーを経験年数2年末満と2年以上の2つのグループに分けた。聞き取り調査は、試用体験終了直後と、2か月後に行ってる。

 質問内容は主として、@移乗に関して、Aアームレスト/フットレストの着脱機能に関して、B駆動のしやすさ関して、C総合評価について−である。@〜Bに関しては「使いよい」、「普通」、「使いにくい」の主観的な三段階評価とした。

 

3.研究の結果

 試用体験終了直後のアンケート調査結果は、経験年数にかかわらず移乗機能・着脱機能において「使いよい」と評価をするものが多く、駆動性においては「使いにくい」と評価するものが多かった。しかし、経験の浅いケアワーカー群は、どちらの点においてよい印象をもった。

 総合的な感想では、移乗介助がしやすい半面、駆動介助のしにくさ、すなわち、押しづらいというものであった。ところが、試用体験終了後2か月におけるアンケート調査結果で興味あるのは、標準型車いすが良いと答えたものはいなかったことである。ただし、比較的自立度の高い利用者については、モジュラー型でも標準型でも、大きな差がないと答えたものがいた。

 

自立支援の福祉用具

 

 要介護高齢者の日常生活をより快適なものとするためには、福祉用具の有効活用が必要であることに異論はないはずだ。当施設での車いすの利用状況は、平成15年7月現在入所者78.3%(46人中36人)で、車いすがいかに重要な福祉機器であるかお分かりいただけると思う。

 介護老人保健施設等の高齢者施設において、少なくとも歩行困難な入所者には、全例車いすが必要で、とりわけ寝たきりといわれているCレベルの要介護高齢者には、離床のため車いすが必須の福祉用具といえる。ところが、寝たきりの高齢者が利用できる車いすを備えている施設は少ない。個々の障害に適した車いすが処方されてはじめて快適な生活が送れるもので、寝たきり大国と揶揄されるゆえんがこのようなところにある可能性も否定できない。

 36人の車いす使用者のなかで、16人は自力での駆動が可能であったが、移乗などで、ほとんどの利用者がケアワーカーの見守りや援助を必要とした。移乗が自立していると考えられたのはわずか4人であり、約9割に何らかの介助が必要なのある。

 さらにそのうち約7割が、いわゆるベッド上といわれるCレベルで、廃用症候群の予防を目的に、離床のため、車いすとベッド・便器への移乗、車いすでの移動など、頻回に介助が行われている。移乗介護負担は大きく、したがって、アームレスト跳ね上げ・フットレストのスイングアウト着脱機能については評価が高いものと思われた。

 移乗介助を安全に、確実に、介護負担少なく行うにために、これらの機能がたいへん有効であることが実証されたのである。理論はそのまま現場にあてはまっている。

 しかし、モジュラー型車いすは、その機能の特性から標準型車いすよりも重量が重くまた、フレームの剛性が高く、前輪の安定性がよいため、小回りが効きにくいという欠点がある。したがって、経験年数2年以上のケアワーカーには、日ごろ使い慣れている標準型車いすの操作性を基準としたため、モジュール型車いすの評価が低かったと思われる。一方、経験年数が少なく、就職間もない2名のケアワーカーは、モジュラー型車いすの駆動性を「使いよい」と評価しており、先入観なく使用したために得られた回答と考えられる。

 

車いすは生活の場

 

 歩行能力が低下した要介護高齢者は、座位保持能力も同時に低下している。当施設内調査においても、支えなしでの座位保持が可能な14名のうち、歩行可能なものは10名で、4名は常に車いすを使用していた。これは、歩行困難→座位保持困難→寝たきりのプロセスを予想させるもので、座位保持困難を寝たきりにしないためには、車いすに座位姿勢を安楽かつ機能的に保持する椅子としての機能が備わっていることが重要と考えられる。
従来移動の機能に着目して車いすが存在していたように感じるが、寝たきり予防が提唱され離床を進めるために車いすの導入が行われ始めた以上、車いすに生活の場でという認識が求められる。

 

車いすと食事の関係

 

 今回の調査で思わぬ効果が現れたのは、

モジュール型車いすによって座位姿勢が保持され、ケアワーカーから「姿勢がよくなって、食事介助がしやすくなった」、利用者からは「食事が食べやすくなった」、などの声が聞かれたことである。

 座位の安定により摂食・嚥下機能が改善することはすでに報告されているが、摂食機能は、栄養素を摂取し、単に生命を維持するために重要なだけでなく、咀嚼が大脳への血流を増加させることや、口腔内の自浄作用を増強することも知られており、何にも増して食べる喜びは人としての本能的欲求を満たすのである。

 片麻痺を始め、歩行機能が障害されるよな中枢神経系の麻痺は、仮性球麻痺を伴うことが多く、嚥下機能が低下している要介護高齢者は多い。嚥下機能の改善に安定した座位の確保が重要であり、摂食の第1段階として必須の条件となる。

 加齢に伴い誤嚥が生じやすくなるのは、生理的な反射機能の低下によると理解されているが、たとえ自力で食べられる場合も介助が必要な場合も、安定した座位の確保は食事の基本と考えられ、シーティング知識と技術の重要性が際立つ。

 視点を変えれば、正しい姿勢での生活が、嚥下機能の改善をみるなど、副次的な効果も高く、廃用症候群の改善が結果的に自立度を高め、介護負担を軽くするという可能性がはっきり示されている。今後は、離床が身体運動機能に及ぼす良い影響の調査研究などが、新たな課題となったと思われる。

 

おわりに

 

 身体障害者福祉法で障害者手帳を交付され、1級、2級など基準を満たすものには、車いすが給付され、必要に応じてあつらえることができる。ところが、介護保険法においては貸与となり、施設に入所すれば施設が用意した標準型車いすの利用を強いられる。こういった現実は、財政論が優先された結果で、利用者は無視されているとしか言いようがないが、福祉機器導入への矛盾は至る所で露呈している。

 たとえば褥瘡の既往がないと、特殊空気室構造をもったクッションの給付は困難であることが多い。褥瘡予防のクッションは、褥瘡ができないと使えないのである。脊髄損傷で身体障害者手帳の交付を受けている例でも、年齢的に介護保険制度利用が可能であることを理由に、車いすの給付を拒否されることも現実には起こっている。

 しかし、モジュール型車いすは、けっして高価ではなく、普通型車いすをオーダーメイドするよりはるかに安く手に入ることもある。その上部品を交換することで長期の利用も可能で、障害が重度化しても、改善しても即座に対応可能である。自立度を高め介護負担を軽減し、さらに費用面での負担が少なくなるとなれば、まさしく一石二鳥といえる。

 今後も介護保険制度下において、福祉機器を貸与と位置づけるのであれば、モジュール型車いすのこそ制度に馴染むと思われる。安易な車いすの利用を改めるのではなく、不適切な車いすの貸与こそ戒めるべきであろう。福祉用具への偏見と先入観を今一度払抹して、本来の福祉機器のあり方を真剣に考えてもらいたい。

        ◇

 この研究のため研究費助成をいただいた勇美記念財団住野勇氏に敬意を表するとともに、車いすの提供に快くご協力いただいた、株式会社日本アビリティーズ・ケアネット社伊東弘泰氏に深謝いたします。


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