NIC Healthcare Partner 通巻1号 発行日 平成15年1月20日 
発行(株)日本医療事務センター

「在宅」の時代
在宅医療とは 「生活を支える医療」である

転機になった障害者団体とのアメリカ旅行

 今から10年余り前、私は大学病院の整形外科に勤務していた。その当時から、整形外科約な問題を抱えたお年寄りが手術などによって回復し、いったんは元気に退院したものの、しばらくすると以前より悪化した状態で病院に舞い戻ってくるといったケースが少なからずあった。
退院後、心配する家族に出歩くことを止められ、家の中に寝かされたままの状態が続くと、身体機能が弱まり、やがて痴呆の症状が出てくるなど廃用症候群が進む。結果、病院に戻らざるを得なくなる。こうした現実を目のあたりにするにつけ、「なんとかならないものか」というあせりにも似た思いを抱いたものである
ただ当時は、病院の中で患者さんを治療し、病気を治して自宅にお返しするまでが医師の責任範囲だというのが一般的な考え方だった。私自身も、お年寄りが病院に舞い戻ってくるのは、退院した患者をフォローするシステムがない日本社会の問題だと考えていた。
そんなとき、ある障害者団体とともに、アメリカ旅行に出かける機会があった。その団体が海外旅行を希望し旅行会社と折衝したところ、医師同伴なら実施できるということになり、回り回って私のところへ話が舞い込んだのだ。正直なところ、積極的に参加したとは言い難い。
しかし、私はその旅先で、医師としての在り方を問われるような衝撃的な現実に直面することになる。それまで患者さんに車イスを処方したり、使用について指導していた自分が、車イスを押せないことに気付いたのだ。また、何日か行動をともにする中で参加者と親しくなり、本音で会話をするうちに、医師や医療への信頼度が想像以上に低いことが分かった。
病院で患者さんの治療をし、医師としての責任は果たしているつもりでいた私は、その現実に愕然とした。

 目指したのは、医師が出向く「動く医療」

 大学病院勤務がちょうど10年目だったこともあり、医師としてのアイデンティティをもう一度再構築するために、アメリカから帰国して間もなく、新たな挑戦を決意して病院を退職した。目指したのは、医療を必要とする人のいる場所へ医師が出向く、「動く医療の実践」だった。
いつしか志を同じくする仲間が1人増え2人増え、医師2人、看護師(当時看護婦)3人、PT1人が集まった。さらに義肢装具士なども加わり、本格的に動く医療に取り組み始めたのである。
それまでの医療の最大の目的は、病気や障害を治すことだった。そこには治らない病気や障害にどう対処するのかという視点が明らかに抜け落ちていた。動く医療の目的は、病気や障害を抱えた人たちの活動をサポートすることである。ここで初めて、「活動を支える医療(Activity Supporting Medicine)」を確かな手がかりとして、第一歩を踏み出したのである。
Activity Supporting Medicineの拠点として、最低限の機能を備えた超軽量の診療所を開設し、在宅医療への挑戦を始めたのが、1992年のこと。「在宅医療」も「訪問看護」も、一般にはまったくなじみのない時代だった。
この「在宅医療に取り組む診療所」の存在を、約2万部の新聞折り込みチラシで周辺住民にお知らせした。しかし、反響はゼロ。患者さんは近所の住民数名という時期が続き、「在宅医療などできないのではないか」と、さすがの私もくじけそうになったことが何度もあった。
そのたびに「絶対に私たちの目指す医療を求めている人がいる」と力強く励ましてくれたのは、仲間の看護婦(師)たちだった。私はその声に後押しされ、他院でアルバイトをしながらなんとか診療所を維持した。
患者さんが増え始めたのは、開院2年目くらいから。反響のなさにがっかりしていたあの折り込みチラシをお年寄りが大事そうに握りしめてやってきてくれたのである。それも1人ではなく大勢のお年寄りが。私はそこで初めて、それまで診てもらっていた医師に義理立てし、病院をすぐには変えられないお年寄りの複雑な心情に触れたのだった。患者さんの本当の気持ちに接するたびに、なにか大事なものを掴んだような、なんともいえない感動を覚えたのを記憶している。
こうして、在宅医療を行う患者さんの数はほどなく30〜40人に増えた。さらに診療報酬改定によって、在宅部門に光が当てられ、それまで細々とつないできた診療所経営が一気に楽になっていった。開設してから2年目の頃のことだ。「制度があとから付いてきた」のである。

患者さんの夢を叶えることも在宅医療の使命

 在宅医療は、医師の行う診療だけでは成り立たない。訪問看護、訪問服薬指導、訪問栄養指導などさまざまな医療サービスを併行して行うのが在宅医療である。ホームヘルプやショートステイなどのサービスが加わると、「在宅ケア」。「在宅」とはまさに、「医療と福祉の連携」の実賎であり、日常生活の一部といえるものである。生活をする上で医療的サポートが必要なら医療サービスを、福祉的サポートが必要なら福祉サービスを提供する。それは、病院での療養とはまったく違うものである。
先日、私が担当する在宅患者さんの1人である先天性ミオパチーの子どもの「アンパンマンに会いたい」という夢を実現する企画があった。
私は主治医として彼に付き添い、一緒にアンパンマンが住むという高知県の「アンパンマンミュージアム」まで行ってきた。人工呼吸器によって命をつないでいる彼が飛行機に乗るためには、医療サポートが不可欠だ。さらに機内で人工呼吸器が正常に作動するのか管理しなくてはならない。小さなトラブルはあったものの無事夢を叶えて帰ることができた。彼はとても喜び、アンパンマンとの思い出を大切に生活している。小さなことかも知れないが、これこそ私の目指す医療なのである。「最期にもう一度好きな温泉流行がしたい」、「死ぬ前に富士山に登りたい」など、患者さんの希望はさまざまである。そうした希望を実現させるためにはどうしたらよいか…それを考えるのがActivity SupportingMedicineであり、我々在宅医療に取り組む医師の役割なのである。
在宅医療は、死と向き合う医療でもある。病気や障害を抱えた人が元気に生活することを支え、その延長としての死が穏やかなものになるように支え続けるのが在宅医療である。そのためには、病気だけではなく患者さんの体と心、患者さんの生活全般を見ることが絶対に欠かせない。
酸素と水素の性質だけを知っていても水の性質までは分からないように、内臓や器官を個別に診ていても患者さんは見えない。全人的ケア。それができるのは在宅医療以外にないと考えている。

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