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医療と介護のマネジメント情報誌
「在宅」の時代

医療、福祉、産業が集結し
コミュニティケアの実現を

 いま求められるあらゆる社会資源の活用
私は、在宅医療を「Activities Supporting Medicine(活動を支える医療)」と言い換えることができると思っている。在宅療養を続ける患者さんが、おいしく食事をし、気持ちよく入浴するといった基本的な生活から、会いたい人に会い、おしゃれをし、ときには旅行を楽しむというように、より豊かな日々を送るために出てくる多種多様な欲求の実現を手助けする医療である。これを行うためには、医師、看護師、薬剤師、栄養士、PT、OT、ST、ホームヘルパーなど、さまざまな職種が一丸となって取り組むチーム医療・チームケアが欠かせない。
しかし、どんなによいチームができても、患者さんの生活全般を支えるにはまだまだ不十分である。脱ぎ着しやすく動きやすいウェア、介護食、安心して暮らせる住宅の整備、介護食器、稼動式ベッド、ポータブルトイレ、車イス‥‥。衣食住だけをとってみても、小さなチーム一つではカバーしきれないものが次々に出てくるのである。
福祉用具の多くは今、介護サービス事業所をはじめとした民間企業の守備範囲となっている。訪問入浴、デイケア、ショートステイ、ホームヘルプなども、行政の福祉サービスや、民間の介護関連サービスを利用する。NPO法人やボランティアの存在も見逃せない。在宅患者さんには、こうしたあらゆる社会資源を、必要に応じて利用してはじめて生活が成り立つ人が少なくない。一人の患者さんを医療、福祉、産業の複合体によって支えていくことが求められているのである。こうした体制が、「コミュニティケア(地域ケア)」である。

 在宅ケアシステムの確立が多くの人生を支える
コミュニティケアでは、診診連携、病診連携、さらに医福連携によって患者さんを支えるシステムを作っていく。医師会や行政の福祉課などとの協力関係も不可欠だ。組織同士の連携は、予算や手続きの問題もあり、人と人の連携よりさらに難しく困難を伴う。しかし、「患者さん第一」の原則を忘れず、地道な努力を続けていれば、必ず実現できるはずである。
私は、各組織の担当者と個人的に親しくなり、自分たちの活動を理解してもらうことから始めた。1992年の開業当初は、すでにかかりつけ医のいた患者さんとの接点が見つからず苦しんだ。しかし4年後の1996年、コミュニティケアのキーとなる保健所の担当者が変わり、我々の活動を高く評価してくれたことからネットワークづくりが急速に進んだ。
開業から10年余りたった今では、人々の意識の面でも制度の面から見ても、在宅医療はたいへん取り組みやすくなっている。チーム医療やコミュニティケアを実賎できているところはまだ少ないが、土壌はできつつあるのである。
在宅医療・在宅ケアにいわゆるスタンダードはまだない。もちろん、さまざまな形があってよいのだが、普遍的なスタイルができれば、より多くの医療職、福祉職、企業などが在宅の分野に参入しやすくなると思う。私は今、いわゆるスタンダードを社会に何かって示したいと考えている。
目の前にいる病気の患者さんの命を救うことは、難しい手術を成功させることで可能になる。思えば私も、大学病院時代は専門医としての腕をみがき、高度な医療技術によって救命することに喜びを感じていた。病気から回復し、退院していく患者さんの姿を見ることで、医師としての満足を得ることができた。
しかし今は違う。目の前の一人の患者さんを救うことに傾けていた情熱は、全面的に「在宅」のシステム作りに向かっている。なぜならシステムを確立することこそ、何百人、何千人の患者さんの人生を救うことにつながると信じるからである。

 医師もケアマネジヤーの資格取得を
在宅医療にかかわる医師が、在宅に関連する社会資源のすべてを細かく理解する必要はない。ただ、地域のどこにどんなサービスがあるかくらいは頭に入れておくべきである。付き合いが長くなればなるほど、患者さんや家族からの相談ごとは多様化していく。「葬儀の手配はどうしたらよいか」といった質問も珍しくない。葬儀の相談を受けるほど患者さんの生活に深く入り込む医療であるということもできる。
こうしたことはソーシャルワーカーやケアマネジャーにまかせてもよい部分ではある。しかし、患者さんや家族の不安に医師が自分の言葉で応えることに意義があると思う。医師自らが「生活を支える」という視点をもつことが、在宅の現場には欠かせないのである。
当医療法人では、医師も全員ケアマネジヤーの資格を持っている。在宅の患者さんを取り巻く社会状況を理解し、さまざまな社会資源について幅広い知識を身につけるには、ケアマネジャーの資格を取得することが早道だという考えからだ。コミュニティケアの中では、医師がコーディネーター的役割を演じるとうまくいく場面も多いので、その意味でもケアマネジヤーとしての知識を身につけるのは得策である。
在宅医療に取り組む医師にとっての職場は、医療機関ではない。診療所はむしろ、在宅医療の拠点と位置づける方が現実的だ。そして、地域全体、担当する患者さんの活動範囲すべてが自分の職場であると考え、視野を広げていくとよいだろう。
組織間の連携といっても、基本は担当者同士のつながりである。お互いに顔を見せ、自由に意見交換、情報交換ができる付き合いを続けることが、患者さんにとってよいシステムづくりにつながると思う。
今回は,平成14年度採用の新人2人を紹介します。彼女たちの訪問看護を志した動機や,実際に訪問看護の現場を知ってからの感想を紹介します。

渡邊ともえ:関西出身(看護歴9年)

「眉毛も濃いが情も濃い。愛ある訪問看護害を目指しています」

 チャイムを鳴らし,「こんにちは,はじめまして……」病院勤務時には,経験したことのない玄関での挨拶。今まで患者さんを迎える病棟看護師だった私が,逆に迎えられる訪問看護師となったのは去年春。

「家に帰りたい」と望みながらも,物々しい最新医療機器に囲まれ,体中に管を入れられたまま,最期を迎える患者さんを看て,「もうちょっと違う医療もあるんじゃないのかな」と感じたのが,在宅医療に興味を持つきっかけだった。

 在宅医療は普通の生活そのものだ。誰でもが当たり前にするように,訪問最初の儀式は,家族紹介。暗記カが問われる。例えばHさんはお孫さん4人を含めた8人の大家族。ペットも含めると8人プラス2匹分の情報をインプットしなければならない。緊張する。そしてお茶を飲みながらの歓談もある。病気のこと,家族のこと,親戚のこ

と,近所のこと,嫁姑のこと…。そんな会話を通して,障害を持ちながらも,孫の成長を楽しみに暮らしているHさんの実生活がよく見えてくる。部屋を見渡すと,欄間の横には地域に貢献してきた何枚もの感謝状が,ちょっと汚れた額のなかでセピア色になっている。意気揚々と生きた時代に,私もタイムスリップできる。きっと親分肌で,多くの友人に慕われていたのだろう,彼の人間性もよく見えてくる。

 農業一筋だったTさんは,93歳。このお宅も大家族だ。彼の息子と孫は同じキャラクター。きっと彼もそんな人柄だったのかなあと,ほのぼのする。台風が近付いた秋の日,便の具合が悪い。軟便が続き,やがて水様性となった。脱水は命取りだ。主治医に報告したら,早速整腸剤が処方された。暴風雨のなか,薬を届けた。次の日,効いて

いてくれ,と祈るような気持ちで電話を入れた。なんと家族は内服させていないと言う。「台風で田んぼが水没して,今それどころではない」との返事。幸い彼の下痢は止まり,今でも元気だが,そんな理由も在宅ではアリなのだ。在宅療養は病院のように完璧に管理されていないが,それでも病院よりみんな元気なのである。

 長い療養中には思わぬことが起きたりもするが,それが日常生活であり,だから人生を楽しめるのだと思う。その生活のリズムを乱すことなく,医療や看護が存在するのだなあと実感する。これが訪問看護だ。実生活そのものを知って,そのなかで患者さんに接することができる。ここに訪問看護のおもしろさがあると思う。

 私たちの訪問看護ステ←ションは24時間サポート体制。訪問看護師になってからの数週間は夜でもふっと目がさめた。「熱下がったかなあ。吐き気は止まったかな…」と患者さんの病状が気になり,緊張のあまり熟睡できないこともあった。

 人生最初の緊急訪問は忘れもしない雨の深夜。先輩と2人で受け持っていたのだが,仕事にも慣れたということで,たった1人で訪問するようになってすぐのことだった。真っ暗な農道を,勘と度胸でひた走り,やっとの思いでたどり着くと,家族全員で出迎えられた。発熱があり,意識が朦朧としていたため,家族に状況を確認すると,脱水だろうということは容易に推測できた。医師と連絡をとり,点滴をして様子をみることになった。

 その後,「夜遅くほんとにすいません。夜でもなにかあれば駆けつけてもらえるから,じっさんを家で看られるのも看護師さんのおかげだわ」と,家族から感謝の言葉をいただき,ちょっと照れくさかったのだが,結構誇らしくも思えたりした。帰りもまた家族全員で,まるで旅館のお見送りのように深々と頭を下げる姿をバックミラーで見ながら,同じ道を帰った。

「もし」という不安のなかで介護している家族にとって,「いつでも看てもらえる」という安心感は在宅療養の大きな支えだ。それは在宅医療に必要不可欠な要素だと身にしみて感じた。ちょっとしたトラブルで救急車を呼んで,そのまま入院。退院した時は,別人のようになっている症例をたくさん見てきたから,なによりその後,患者さんがいつもどおりの生活を送ってくれていることが一番うれしい。

 訪問看護師になって間もないころ,ある医師に「雪が解けたら何になる?」と質問され,「水になります」と答えた。「いや,春になるんだよ」と言われ「はっ」とした。そういう柔軟性のある,人間性の豊かな訪問看護師でありたいと思いながら訪問する毎日である。

佐藤正子:東北出身(看護歴9年)

栃木弁 覚えながらの訪問も アツと言う間にはや1年「身体こわいけ? だいじかい?」(訳:身体はだるいですか? 大丈夫ですか?)

 今年の4月で訪問看護師となって1年になる。そんな私が訪問看護に興味を持ったのは看護学生になって間もないころだった。日本がどんどん高齢化社会となっていくことを学んで,これからは在宅の時代だと確信を持った。

 看護学校を卒業し,救急も扱う総合病院に洗職した。漠然とではあるが,いつかは訪問看護をやりたいと思っていた。数年勤務したころである。日々の業務や検査等に追われ,ゆっくりと患者の話を開いたりする時間のないことに疑問を感じ,毎日がちょっと嫌になってきていた。内科病棟に6年といえば,ほとんどの業務はこなせるようになり,自信もつく。そうして訪問看護師になる具体的な目標がみえてきたのだった。「きっと在宅では脳出血や脳梗塞の後遺症で麻痺のある方が多いだろう。それだったら脳外科で学んだことを在宅に生かせるのではないか」と考え,異動希望を脳外科病棟と書いて提出した。運良く脳外科勤務となったが,脳外科病棟では,急性期を脱して状態が落ち着き,リハビリが中心となるころには転院になる患者さんが大多数を占めていた。結局中途半端な関わりしかできない,その現実にがっかりしてしまった。

 よし,それなら思いきって地域に出て訪問看護をやりながら勉強しようと決心がついた。そんな時,県看護協会主催で,在宅医療の講演会があり,たいへん在宅にカを入れでいる診療所があることを知った。是非こういうところで訪問看護をしたいと思い,月に一度の研修を願い出た。これが私の訪問看護師になるまでの歴史である。

 施設看護のことしかわからない私にとって,在宅看護はとても新鮮だった。訪問看護ステーションの看護師の皆がとても生き生きしている姿を見ると,やりがいがあってとても楽しいんだろうなあと思えた。そして,訪問看護を利用している方々の表情や顔色が,病院の患者さんとは全然違うことに気付いてびっくりした。ばたばたと慌ただしい病院とは違って,在宅では時間がとてもゆっくり流れているような感じがした。

 実際に訪問看護をやってみると,楽しいことばかりではなかった。訪問は基本的に1人でするので,なにかあった時には自分1人で判断し,なんとかしなくてはならない。とても不安である。完全な受け持ち制なので責任も重い。そして365日24時間体制なので,夜間でも休日でもなにかあれば出動する。だから休日でももしなにかあったらどうしようという気持ちがある。しかし,定期訪問時にしっかり管理ができていれば,急変することも少ないし,ちょっとした変化があれば,すぐ医師の往診が受けられることが多いので,緊急で呼ばれることはほどんどない。

 確かに大変なことも多いが,それだけやりがいがあると言える。何より自分がずっとやりたかったことを自分で判断して,転身したのだから後悔はない。それどころか訪問看護をやってよかったと思うこともたくさんある。訪問看護を経験してみて,あのころを振り返ってみると,病院という場所は生活の場ではなく,治療だけの場であるということを強く感じる。薬のにおいはしても,生活のにおいはない。しかし,在宅には,患者さん

自身が長く暮らしてきた歴史とともに家があり,家族がいる。時には,ペットだって家族だ。きっと,何年も介護してくれる家族がいるからこそ,在宅で暮らせるのだと思うが,それは家族にとっては大変なことだろう。だから,在宅には愛があふれているなあといつも感じる。そして,そんな在宅で過ごせる人にもっと幸せに生活していただく手伝いが,私にできるのだと思うと,自分自身も幸せになる。

 もう施設勤務に戻ることはないだろう。まだまだ未熟者ではあるが,これからも,ずっと地域で看護を続けていきたい。訪問看護師になって,ほんとに良かったと,この1年を撮り返りながらしみじみそう思う。

 

 第1回に中村看護部長が書かれたように,2人とも,しっかりとした動機付けがされている。だからこそ,制約の多い365日24時間体制でも,患者の力になれることを喜びとして感じてくれている。就職当時は皆同じように,病院と在宅の違いにカルチャーショックを受ける。それでも1年経つと思考の方向が,「患者さんの幸せのために自分たちはどうお手伝いできるか」に変わってくる。

前回も述べたが,これが仕事をしていく上での生きがいになっていく。彼女たちも,この気持ちを忘れずにいて欲しい。たくさんの経験を積み,味のある訪問看護師に成長していく姿を楽しみに見届けたいと思っている。
よい「かかりつけ医」とは?

 地域で生活するには,信頼のできる「かかりつけ医」を見つけることが大切である。しかし,三ツ星レストランのように,評価や格付けがされていないから,「一体どこの,なんという医者がほんとうにいいのか?」というのは社会の謎だ。レストランなら美味しければ,別に星が付いていなくても何度でも足を運ぶが,病気だったり,看取ってもらったということになると,そんな機会も少ないし,「看取りが上手な医師」などという評判はかなり怪しい。

 さらに生きている間に,「〇〇先生に看取ってもらったらいかが?」などとは,他人には勧めづらい。だから噂も流れにくい。また医師が紹介してくれたからといって,素人目に「当たり」とは限らない。手術が上手いだけで,人格はちょっと…ということもある。もちろん,いざというとき,往診や訪問診療をしてくれる親切な医者ならよいが,かかってみないとわからないから,いっそう悩ましい問題だ。

●理想の「かかりつけ医」像

 同業者の看護師として,理想の「かかりつけ医」像を語れば,大学病院の医師のように疾患を診ていくだけでなく,自宅で生活していくために必要な指導や助言ができることも重要な要素になってくる。町医者であるからこそ手を抜かず,世間話のひとつもできる身近な存在であって,なおかつトータルに診られることが大切な条件だ。高齢者でも検査や治療の必要性があると判断すれば,地域に根ざした鮮やかなネットワークで,診診連携,病診連携を速やかにとってくれれば,患者にとってもこんな安心なことはない。

 在宅医療をしているのだから,医学という学問で捉えた血液検査の結果などの情報交換だけではなく,患者の人間性や個性,生活環境,社会性などを踏まえた上でのやりとりが,地域にいる医者たちには本来必要なはずだと感じている。

 まるで自分は万能だと言わんばかりに,すべてを1人で抱え込む医者の意地やプライドは患者さんにとって何の意味もない。「専門ではないから,自分にはわからない,〇〇先生に参てもらおうか」と言いきる医師にこそ安心感を覚え,信頼できるのは私だけなのだろうか。

●かかりつけ医の人間性や個性を知る

「生活のなかで医療をする」ということは,病気を診ているのではなく病人を看ているのである。そして相手が高齢者だから,死という事態も自然にやってくる。突然のこともある。その時,医師がどう考え,どう対応してくれるかがポイントであり,現場でもよく事件になる。医師の人生観や死生観もその時の対応に大きく影響する。定期的な訪問診療や往診はしていても,いよいよ危ないとなると「病院に入ったほうがいい」などと言い出したら,それこそ本当に危ない医者だと思う。家族が何年も自宅で看病しながら生活してきた経過を踏みにじることになってしまう。

 死に方ではなく,どう生きたかが大切なのだと思っている。だから看護師も,チーム医療を展開する仲間として,かかりつけ医の人間性や個性を知っておく必要がある。形式に従い,指示書と報告書を取り交わすだけの関係では,同じ土俵に立っているとは言えない。どんなに優秀であっても,医師1人だけでは患者を支えることはできないし,看護師だけでもまた同じである。基礎学力に差があることは誰が見ても明らかなのに,何が気に入らないのか,何を心配しているのか,時折看護師の話には耳を貸さない医師がいる。コミュニケーションに障害をもっているということはチーム医療をする上での障害以外のなにものでもない。私たちは互いに理解し合えるよう医師に対し密に連絡をとり,疑問は投げかけ,反論があれば意見を言い,考えを聞き,協力できる関係を常に目指し実行している。

●終末期医療について医師への要望

 訪問看護師として在宅医療に関わっていくうえで,とくに終末期医療について医師に要望することは下記のことである。

・本人と家族はどうしたいのか,という話をよく聞いてくれる(医師の価値観の押し付けでない)。

・一生懸命家族が看てきたことを認めてくれる。

・自宅でも看取ることができると,しっかりとその根拠をわかりやすく説明してくれる。

・家族に死の準備教育を自然なかたちで普段からしてくれる。

・緊急時にはいつでも快く往診してくれる。

・夜間や土日でも死亡確認し,死亡診断書を作成してくれる。

インフォームド・コンセント(説明と同意)

●説明して納得してもらえるか?

 相手に十分な説明をし,納得してもらうという行為について考えてみると,それは特に医療の現場では信頼関係のもとに成り立つもの,またはその延長線上にあるものだと感じている。受け手の理解カや持っている知識の程度がさまざまなのだから,情報の送り手の技量が問われる。選択をさせる内容についても,すべてを説明すればいいというケースばかりではない。それを聞きたくない人もいる。すべてを説明し同意を得ることは確かに原則であるかもしれないが,自分たちで選べない,決められない人もまだたくさんいる。不安を除くために行なわれる説明のはずが,それを聞いたためにかえって混乱させてしまうということだって起こっている。

 説明を聞いて納得し,その満足が信頼につながっていくはずだが,医師に遠慮して本音を言えない人もけっして少なくない。「お医者さまに何かを言うなんて…」という昔のままの固定観念を持った人もいれば,単純に理屈抜きに「反りが合わないから聞きたくない」という例もある。そのあたりは人間だからしょうがないとも思う。

 だからこそチームで敏感に感じ合って,足りないことを補い,必要な情報を共有し対応していくことが大切で,チームとして結果的に善いことができればそれでいいと思っている。スタンドプレイは必要ない。

●共に支え合うことが信頼を築く

 ターミナルのケースの場合,最初のうちは,とくに家族に対して説明する内容は,病態の説明や今後の経過,予測されることなど,量・質ともにとても多いはずだが,最期は「よくがんばりましたね」とねぎらう一言で,何もかもがわかり合えることだってある。つまり信頼関係ができてくれば,徐々に説明する内容は少なくなるものだと思っている。そこには言葉以上に,共に悩みながら支えてきた過程と歴史がある。

 またターミナル期では,精神的に不安定で宗教を必要とする人もいる。医師や看護師も悩みを聞いているうちに,その部分にだけのめり込んでしまうことが稀にある。医療職が宗教家になる必要もないし,それはさらなる混乱を招くだけで,事態がもっと複雑になるといったことも経験している。必要なら宗教家を呼べばいいし,これもチームケアである。常にニュートラルな状態で見守ることが大切だと思うし,そうでなければ説明したことに同意など得らえるはずがない。

活動実績から見る介護保険制度

 当ステーションにおける訪問看護実績の数字から,介護保険制度を眺めてみる。

・利用者は医療保険19%,介護保険81%で,大 半が介護保険適用者である。これは高齢者への訪問が多いということである。

・訪問看護種別を見ると,30分未満の訪問看護1が49%,30分以上1時間未満の訪問看護2を受ける人は17%に過ぎない。より負担が少なく,かつ効率的な訪問看護が継続できていると考えている。

・要介護度を見ると,介護度2〜5までの人が71%を占める。医療依存度が高くなれば専門職の指導や助言が不可欠と言える。気管切開をしているとか,バルンが挿入されている,在宅酸素療法をしているなど,病院にいた時と同じように継続看護が必要だからである。

・支給限度額のなかで,どれだけサービスを利用しているのか,給付管理表で見てみる。最高額が34302単位,最低額が150単位,平均は11002単位で,限度額一杯に利用する人は少ない。

・もともと厚生労働省はサービス利用率を40%程度と見込んでいたらしいので,その読みの正確さには頭が下がるが,要介護認定の結果がどうであれ,本当に必要なサービスは同じ要介護3であっても,人によって大きく異なる。ケアプランが先にあって,そのサービスの必要量で介護度が決まるべきだと思うが,どうも合点がいかない。「寝たきりゼロ作戦」はどこにいってしまったのだろうか。寝たきり支援プログラムになっていることだってある。

・訪問看護の件数で見てみる。平成12年の4月のスタート時1か月180件だったものが15年3月現在で278件になり,患者数は63人となっている(1ステーション)。

 看護師の数が増えたので,単純な比較は難しいが,需要が高まっていることは事実だ。

地域での連携をとりながら

 介護保険が始まったことで,看護師としても,ケアマネジャーとしても,自立支援をめざしたケアのためには,さまざまな指定サービス事業者との連携がより重要になった。以前漠然と叫ばれていた「保健・医療・福祉の連携」は,毎日,目の前で行なわれている。介護保険証の代行申請などの事務処理からヘルパーヘの指導,通所リハビリ(デイケア)スタッフとの送迎の調整,特別指示書に基づく看護処置の継続など,電話連絡はもちろん,利用者宅まで足を運ぶこともしばしばだ。そして,必要があれば,いつでもサービス担当者会議を開き,今起きている問題点や方針などの情報の共有に努めている。

 さらに,訪問看護師は自宅への訪問だけで終わらせるのではなく,デイケアでの様子やどのようにケアされているのかを知っておく必要がある。実際,当法人のデイケアのスタッフに対しても,自宅での様子などを情報提供をしたり,具体的に1患者に合ったケアの方法を指導するなどしている。事業所の垣根を越えた専門職としての具体的なアドバイスこそ参考になり,ケアスタッフの介護の幅を広げ,質の向上にもつながっていくものと考える。しかし,これは同じ法人の運営だからこそ,小回りを利かせて行なえるのであって,敷居の高い事業所があることは否めない。

●訪問者護と訪問介護,それぞれの役割

 介護保険制度がスタートしようとした3年前,訪問看護は訪問介護のヘルパーに取って代わられるかのような噂が流れた。確かに訪問看護ステーションの看板を下ろした事業所もあった。しかし専門とするところや役割の違いは,現場で明確になっている。

 たとえばこんなこともあった。当ステーションで訪問看護を始めた頃,以前から関わっていたヘルパーさんが「ベテランですから大丈夫」と,摘便(法的には医療処置である)を利用者の希望のまま毎日施行していた。実際は,肛門の近くに下りてきた小指の先ほどの便を1,2個掘り出していたに過ぎなかったのである。しかし,看護師としてしっかり関われば,便秘そのもののコントロールが可能となる。そうすれば,摘便の必要もなくなるし,法律に照らし合わせれば違法となる行為を犯すリスクもなくなる。最初に関わった看護師がこうした医療処置の部分で主導権を発揮し,ヘルパーに指導・助言をして役割を明確にしたうえで連携を図れば,利用者も摘便で悩むこともなくなる。

 食事を作ってもらいたい,掃除をしてもらいたい,清拭をしてもらいたい,という事前の計画通りに実賎できる介護行為と,腹痛や下痢,あるいは便秘など,病状が変わったときに直ちに対応する訪問看護への要望は,全く異質なものなのである。

●訪問看護指示書とケアプラン

 医師が書く訪問看護指示書には特別指示書というものがある。これは,1か月14日間に限って,毎日でも訪問看護ができるようにするための,いわゆる急性期に対応したものである。実際に当ステーションでも昨年は15回の特別指示書をもらい,頻回の訪問看護で急性増悪に対処した。

 看護だからこそ病状の変化に合わせて訪問するべきで,ケアプラン通りにいくはずがない。決められた14日間という期限に疑問も感じるし,一体なにがその根拠なのか,疑義もある。限られた期限を有効に利用し,処置やケアを実践しながら,看護評価も行なう。その間には,看護師に代わって家族がケアしていけるように指導をしたり,家族との連携がとても重要となってくる。そして,厄介なことに,この期間はレセプトが介護保険から医療保険に切り替わるから,事務処理はいっそう複雑になる。

 介護保険制度のなかにあっても看護は医療の一部分であり,その連携は必須だが,決して介護の延長線上にあるものではない,と考えている。保健・医療・福祉に携わるそれぞれの専門職が,互いの果たすべき役割と専門性を理解し,尊重し合ってこそ真の連携ができるのだと思う。多くの看護師がもっと地域に出て訪問看護や介護施設で働き,患者の生活を支える医療活動に参加してくれることを願っている。

医療法人『アスムス』の発足

 在宅医療を旗印にしたちっぽけな診療所ができて13年たった。そして,法人化してなんとか10年の節目を迎えることができた。全くお手本のないまま模索し続けた私たちの在宅医療は,実は病気を治す医療だけではなく,日常生活を支援する医療だったことに気がついた。おそらく独自に作り上げたサービス提供システムがあってこそ,より質の高い在宅療養が可能になるのだろう,と自信を深めている。

 そこで,法人名にメッセージを込めて,医療法人『アスムス』と変更した。由来はActivities Supporting Medicine Systematic Services(ASMS)という語の頭文字を合成したもので,「独自のサービスシステムで日常生活活動を支援する医療を提供します」という意味である。
私の看護師人生で,生涯忘れえない,感情のすべてを動員しても,上手く言葉にできない体験がある。こんなに重症で重い障害を抱えた人が,医療との関わりがないところで,何年間もひっそり暮らし続けていた現実。私の知っている世界が,なんと小さな小さな世界だったのかとわかったこと。そして,訪問看護という仕事がどれほど奥の深いものであるかということを,この家族との出会いから教えられた。


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