(社)農協共済総合研究所

医療レポート No.53 Summer 2006

高齢者のゆくえと介護保険

高齢者医療のゆくえと介護保険

 医療法人アスムス理事長 おやま城北クリニック院長
NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク副会長
パルシステム生活協同組合連合会(専門家サポーター会議)委員
結城医師会理事・結城市介護保険審査会会長 ほか
医学博士 太 田 秀 樹 

 はじめに
2000年から動き出した介護保険制度は6年目をむかえた。さまざまな批判を浴びながら、走りながら考えると、官僚もその未熟さをみずから認め、3年ごとの見直しを約束。この4月は医療制度と始めての同時改定となった。2年ごとに改定される医療保険と、最小公倍数の年にあたったからである。内容は、予想どおり、診療報酬では過去最大のマイナス改定。介護保険も新予防給付の新設で、予防的リハビリテーションの概念を成熟させ、支給限度額を低く抑え、結局給付抑制策となった。
医療・介護費が総枠で制限され始めているため、診療所経営者や、介護保険サービス事業者にとっては冬の時代である。しかし、あらゆる領域での給付や、報酬が低くなったわけではない。在宅医療関連および、中・重度要介護者への居宅サービスは手厚く、メリハリがつけられている。さらに法制度上に、「在宅療養支援診療所」が位置づけられ、まじめに在宅医療に取り組む医師には、10数%以上の収益増という大胆な構想も盛り込まれた。
筆者は、1992年から在宅医療に取り組み、現在、5名の医師とグループ診療形態で、250名の方々の在宅療養のお手伝いを行っている。癌の末期も含み、24時間・365日体制で、看取り医療へも積極的に協力している。本稿では実践的経験をふまえ、高齢者医療がどこに向うのか、介護保険制度の問題点にも触れて私見を述べさせていただく

□ 人口減少社会における少子高齢化
少子高齢化対策が叫ばれている中で、本格的な人口減少社会を迎えたようだ。失業者をのぞいた労働者人口は、6500万人を下回り、すでに全人口の半分が生産活動にかかわっていない。少子化には有効な打開策がないまま、高齢化はさらに加速度を増し、団塊の世代が高齢者の仲間入りする2015年には、4人に一人が、その後10年間高齢者は増加の一途をたどり、やがて、3人に一人が高齢者と予想されている。この状況では、統計学とは無縁の筆者でも、単純な算数で、社会保障制度存続が危ういのではと、漠然と不安になる。いびつな人口ビラミッドが意味するものは、世界のいかなる国も経験したことのない、深刻な高齢社会なのである。
在宅療養を謳った介護保険制度創設の目的は、高齢者医療費高騰の歯止めであった。毎年一兆円づつ膨らみ続けた総医療費が、30兆円を上限に、なんとか抑制に転じたのは、高齢者医療費の一部が、あらたな財源で運営される介護保険に移行したからにすぎない。したがって、介護保険費用はすでに7兆円を超え、要介護高齢者の増加にともなって、総支給額は20兆円まで膨らむと試算され、こちらの財源も枯渇しようとしている。
在宅療養への誘導の根拠は、社会的入院是正と終末期医療への疑問からといってもよい。病院死が80%を超える現実は、多くの高齢者が、延命治療のはて命を落としているという証左でもあり、要介護高齢者が、住みなれた地域での生活を継続しながら、愛する家族に囲まれ在宅で看取られる文化は失われたのである。

□ 在宅医療推進のための課題
にわかに「在宅医療推進のため・・・・」という文言が目立つようになったが、これは財政論を優先させた結果である。しかし、在宅医療はけっして国民にとって不幸な医療ではない。なぜなら、人生の終末期をどこで暮らしたいのかという調査では、どのような団体や組織が行ったものも、「自宅」との回答が80%以上である。家族の介護負担を慮って、介護者への気遣いから施設や病院を望むものがいるものの、状況が許せば、畳の上で看取られたいというのが、偽らざる気持ちである。ところが、在宅医療が当たり前の医療形態になるためには、解決していかねばならいない課題が山積している。

? 医療への幻想
科学としての医療の歴史を語れるのは、1900年の初頭からだ。血圧が測定でき、ビタミンが発見され、麻酔剤の開発で痛みなく外科手術が可能となり、抗生物質を合成し感染症と戦えるようになってから、実は100年経過していないのである。ところが、この20年の進歩は目覚しく、遺伝子のなぞが解き明かされ、臓器移植が可能になったものの、絶対的な事実は、不老長寿は夢のままで、けっして死を克服したわけではない。寿命で命を落とす高齢者への医学は進歩していない。むしろ命の量だけを目的とした医療的介入の結果、苦痛だけを長引かせてきたことが反省される。
回復の期待のなくなった高齢者までもが、点滴につながれ、或いはチューブで栄養を注入され、時には人工呼吸器につながれた状態で生かされているが、生活しているのではない。このような医療が、堂々と病院では行われ、人工呼吸器をはずした医師が、殺人罪で訴えられる時代となってしまった。人工呼吸器装着の妥当性への議論はなく、装置離脱に対して批判が集中している。
このように、命だけをつなぐ、延命だけを目的とした、不適切で濃厚な医療であっても、現在の医療制度では、保険診療の対象となり、医療を受ける側も、医療を提供する側も、あまりコスト意識は働らかず容認している。さらに、本人の意思を無視、家族の意向にそった医療提供に疑問を呈するものもいない。病院側も経営的視点を重視すれば、家族が望む医療を否定する合理的理由はみあたらない。家族に迎合した医療が放置されれば、高齢者増は、そのまま高齢者医療費増大につながってしまう。

? 誰のための医療か
適切な医療を行うということと、何所で医療を行うのかということは、次元の異なる問題だ。在宅であっても、病院であっても、その質に遜色がない医療を提供できる環境が整っている。手術を自宅で行えるのかといった乱暴な議論ではない。緩和ケアや高齢者の終末期医療においては、在宅でも十分に、むしろ病院医療以上の質を担保し、対処できる時代が到来している。ところが、在宅での看取りを拒否する家族も少なくない。最期は病院に救急車で担送してくれと懇願されることもあり、未だ、自宅では世間体が悪いとの露骨に言う家族と出会うこともある。
いったい誰のための医療なのかというもっとも基本的なことが忘れられている。世間体という摩詞不思議なベクトルで適切な医療が行えない状況を改善してゆくには、高齢者医療がどうあるべきなのか国民にむけた啓発活動も必要であろう。

? 介護保険は介護負担を軽減したか
介護保険制度には、家族介護をあてにしなくとも、在宅療養できるようにと、「介護の社会化」という理念が謳われている。ところが、実際は介護者不在では在宅医療が成り立たない。どうやら「社会化」とは詭弁らしいが、在宅介護している家族にとって、介護保険制度がまったく役にたたないわけではない。通所ケア(宅老所)やショートステイ(短期入所)などレスパイト(介護者の息抜き)ケアは、かなり使いやすくなってきた。未だ医療依存度の高い症例の受け入れを拒否する施設もあるが、軽度要介護者へのサービス提供が報酬上不利な扱いになってきたため、重度要介護度者利用の間口は広がっていくだろう。しかし、人工呼吸器や、胃癌を医療施設と同じレベル管理できるのかなど問題は多い。
一般に言われているように、介護保険利用手続きは複雑すぎる。医療者でも十分に理解しえいるとはいえない。さらに、介護度に応じ利用限度額が設定されているため、必要なとき必要なだけ利用することが困難な場合がある。そこで、担当するケアマネジャー(介護支援専門員)が、制度の翻訳者となり、在宅ケアのデザイナーとなるのだが、その力量には大きな差がある。なぜなら、ケアマネジャーの基礎資格には、医療系資格だけでなく、医療とは馴染みの薄いヘルパーなど、福祉系資格も認められ、重度要介護度者の医療的管理に知識や経験がないことも多いからである。
在宅療養を継続するために、大切なことは介護保険を活用し生活することである。しかし、本制度の要に位置づけられているケアマネジャーの資質を高めないと、有効な利用が難しいのである。

 このように、在宅医療を推し進めるためには、医師や訪問看護師、介護士など医療・介護提供者と、利用者や家族など医療消費者、すなわち、プロバイダーとコンシューマーそれぞれの意識改革が重要で、制度やシステムが有益に作用しなくてはならない。しかし、国民が在宅療養をのぞみ、在宅医療提供の制度が機能しても、在宅医療に理解のある医師が少なくては、在宅医療が普遍的な医療の形態になりえない。

□ 医師の意識改革にむけて
医療は命をその対象とするが、日進月歩の進歩によって、従来救命し得ない患者が命をつなぐことができようになった。しかし、命が助かったとしても、慢性疾患や障害とともに生活してゆかねばならならないことも少なくない。さらに、疾病構造が変化し、無病息災から、多病息災へライフスタイルが変わり、病気の対極に、健康があるわけではなくなった。健康概念が大きくシフトしているなかで、長寿化は、臓器を診るのではなく、生活者として、全人的に診る医師を求めるにいたった。医療の目的は、生活の再構築で、けっして命の量ではない。その質なのである。生活のなかでの医療であり、人生に寄り添う医療であろう。肺炎の治療で、認知症を悪化させてはいけない。骨折の手術を成功させても、歩行ができず、床ずれをつくっては医療が介入した意義がない。生活こそ医療の上位概念なのである。
この4月から認められた在宅療養支援診療所は、24時間・365日の管理、ケアマネジャーと連携、訪問看護をはじめ、さまざまな介護保険サービスとのネットワーク構築などを条件とし、生活の場に医療提供をするコミュニティーに密着した医療機関なのである。
高齢者医療において在宅医療の推進は、国家の方針と、重く受け止めることができる。診療報酬が減額されると嘆くまえに、求められている医療を提供するにはどうしたらよいのか、真剣に考えてもらいたいと願っている。

ロ おわりに
在宅医療の推進は、財政論から語られるべきではない。日本人がどのように生きるのか、その生き様にかかわる医療だからだ。制度がどうであれ、必要な医療が変わるわけではない。医業という生業のなかで、医師がいったい何を大切に生きているのか、具体的に示す絶好の機会を与えられたのだと思っている。

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