宅老所・グループホーム白書2003  
宅老所・グループホーム全国ネットワーク編
発行CLC 発売 筒井書房
宅老所・グループホームの生活と医療
宅老所・グループホームを支える在宅医療

はじめに

 筆者の運営する医療法人では、1992年から精力的kに在宅医療に取り組み、複数の医師によるグループ診療体制で、24時間・365日の往診を行ってきた。現在栃木県小山市、栃木市、そして茨城県結城市などを中心に、その周辺地域を含め約200人の在宅療養者の支援を行っている。対象者は高齢者に限っているわけではない。年令や性別を問わず、・疾病や障害の違いに係わらず、動く医療が必要な方々である。とはいえ、その70%を高齢者が占めるが、その傾向は、介護保険制度が施行された2000年4月以降は、さらに顕著であり、同時に宅老所やグループホームからの医療要請が増えた。そこでスタッフを増員するなどして、積極的に協力を行っている。
デイサービス中に体調が悪くなったという緊急往診から、グループホームでの看取りまで、さまざまなニーズがあるが、従来の在宅医療とはいささか対応を異にする場面も多く、そこには多くの特殊性があるかに感じている。さらに制度上の矛盾など、宅老所・グループホームヘのスムーズな医療サービス提供には、障壁も少なくない。
今回は、3年近く行った宅老所・グループホームヘの医療サービスの経験を伝えながら、その特殊佳に触れ、今後の課題についても言及したい。

グループホームヘの医療は第4の医療だ

 在宅医療が病院の入院医療、診療所の外来医療についで、第3の医療であるとの表現をしばしば耳にするが、グループホームヘの医療は第4の医療かも知れない。
その理由は、従来の在宅医療が家族介護を大前提としているのに対して、宅老所やグループホームの医療は、ケアワーカーなど専門職とのケアチームで行われるからだ。もちろんこの表現に苦言を呈する方もいると思う。なぜなら介護保険制度では、家族介護を否定し、社会的介護で在宅医療が可能であると謳っているからである。しかし、現実は家族の介護力をあてにしない在宅医療は、あっという間に破綻している。
在宅医療の対象となっている高齢者は、虚弱で、身体運動機能が著しく低下して、場合によっては、痴呆等で意思の伝達の困難な方が多い。従って療養法の指導などは、介護者にも行われるものであって、小児医療と似たところがある。つまり幼児の病気治療が、親や保護者なしに行うことが困難であることと同じで、介護力が在宅医療縦続の極めて大きなポイントになる。
そこで、在宅医療を開始すると、まず介護者との関係作りが重要となるが、少なくとも宅老所やグループホームでは、介護を学び、資格をもった専門職がケアを提供しているのである。正しい医療的知識や介護技術に裏打ちされたケアは、愛情に満ちた家族のケア以上に医療の質を確保できることが多いと思っている。

寝たきりは寝かせきり

 寝たきり老人という言葉が日本の老人病院の象徴となっているのは残念なことである。どうして寝たきり老人が製造されるのか、その原因は社会的背景も含め多元的な分析を必要とするが、少なくとも寝かせきりの予防は、さほど困難なことではない。筆者は2箇所のグループホームと4箇所の宅老所への医療支援を行っているが、いずれの施設でも寝かせきりの例はない。おそらく老人施設といわれる豪華な施設に入所されると、数日で寝たきりとなりそうな方々でも、ここではみんな普通の生活を行っている。
熱が何度あったら、入浴を禁止するというような指示は必要無い。普段と比べて何となく元気がない、食欲がない。そんな時体温や、血圧や、呼吸や、脈拍を総合的に観て、入浴を止めるか判断するのである。「いつもと違うという」という気付きが重要で、パイタルサインは、いつもと違うことを客観的に裏付ける根拠にすぎないのであるが、なぜかパイタルサイン至上主義が、ケアの現場では蔓延している。

 その上、面白いことに、ケアワーカーにとってのパイタルサインは、即ち血圧と体温であって、脈拍や呼吸数は全く気にしていないようである。高齢者の死因として、第一位を占める肺炎は、発熱しないこともあり、咳や痰といった症状を伴わないこともある。肺炎で最も重要なサインは、実は呼吸数と脈拍であるが、そういった知識は教えられていないのである。
朝起きたら、寝巻きから着替えること、顔を洗って、歯を磨くこと、食事をして、風呂に入ること。このような普通の生活を維持できれば、寝たきりは簡単に予防できるのである。この当たり前のことを、当たり前に実施するのに、宅老所やグループホームは最高の環境といえる。

グループホームでの看取り

 昨年グループホームで、はじめての看取りを行った。家族やスタッフに囲まれた、穏やかな最期であった。人生の幕引きに相応しい、極めて人道的な旅立ち方であったと思う。
この方は消化器系の末期がんであったが、1年以上グループホームで普通の生活を楽しんだ結果であった。つまり看取りは、あくまでも結果であって、これは目的ではないことを強く申し上げておきたい。
最近在宅での死を賛美する声が聞かれるが、在宅で亡くなったことが重要なのではなく、最後まで在宅で暮らしたことが大切なのである。そして、その過程において、充分な医療サービスが適切に行われることが条件で、意図的に医療を薄くし、あるいは医療を否定した在宅ケアは、これは考え方によっては犯罪であると思っている。
しかしながら、現在の日本では在宅での看取りですら、満足に行える状況でなく、グループホームでの看取りとなると、さらに困難かもしれない。
本来終の住処としてのグループホームのあり方も、模索されなくてはならないはずであるが、利用者の意識の問題や、グループホームのスタッフの姿勢など、まだまだ課題は多い。そしてカギを握るのが、医師であって、訪問看護も含めて医療サービスなしに、看取りは困難となる。とはいえ日本医師会も医師への意識改草を求める活動を開始し、全国の開業医レベルでは、心ある医師らがネットワークを作り、在宅医療の重要性を盛んにアピールしている。さらに国レベルでも2003(平成15)年度から、研修医制度のなかに地域医療研修を盛り込んだ.大病院での専門性追求した高度医療偏重の反省から、筆者の行っているような生活に根ざした医療への研修も計画されている。
若い研修医らが、在宅医療やグループホームでの新しい医務を体験できると、彼等が一人前の医師となった時に、自分はどんな医療を行いたいのか、具体的に選択肢をイメージできるだろう。
おそらく近い将来、5年、10年という単位で、日本の医療が大きく変わる予感がする。医師の非協力な態度を嘆く前に、みなさんができることも考えてほしい。

制度の矛盾をどうするか

 実践している方々には、なるほどと思い当たることであろうが、月曜日の宅老所では体調不良者が多い。それは週末、自宅での管理が悪いことによる脱水によるものである。わずか一本の点滴で見違えるほど改善し、簡単に元気になるのだが、宅老所を休んで自宅にいると、さらに状況が悪くなる。
いろいろな機会に発言したり、雑誌や新聞などにも書いたりしているが、看護師とのチームがあれば、急性期疾患に在宅やグループホームで対応することもできる。もっといえば病院医療に遜色ない医療が提供できるのだが…。
介護保険制度に基づくと、宅老所へ定期的に訪問診療を行うことが難しいようだ。その上グループホームへ訪問看護はできない。介護保険制度が在宅療養を推進し、さらにチーム医療の重要性を謳っているにも係わらず、宅老所やグループホームへの理解があまりにも乏しい。こんな状況では、とても充分な医療提供はできそうにない。
我々にとって必要だから始まった、これらの活動をさらに大きなうねりに変えて、日本を変えるぐらいのエネルギーを持ってほしい。現場にこそ真理がある。大きな声をあげよう。市民社会とはそういうものだと信じている。
(NPO法人在宅ケアを支える珍療所・市民全図ネットワーク 副会長 太田 秀樹)


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