Japan Medical Journal
日本医事新報
No.4103 2002年(平成14年)12月14日

人(24時間の在宅ケアを実践)

太田秀樹
今から十数年前、自治医大で医局長を務める太田さんは、身体障害者のグループが医師を探しでいることを知った。「海外旅行をしたいが、旅行会社は『医師の付き添いが必要』と渋っている。誰かいないか」。気軽に医師探しを引き受けたものの」当時は身障者が自由に海外流行することなどなかった時代。また、二週間の日程を空けられる医師はそうはいない。結局、「それまで事椅子を押したこともなかった」太田さんがこれに同行することになった。しかし病院とは違って、付き添い医は参加者たちに雇われた身。旅仲間という気安さもあり、遠慮ない意見がぶつけられた。「今までの医療は医者の都合だったと、愕然としましたね。受診してもきちんと話を聞いてくれないとか。本当に医療が必要な人たちに、医療が届いていないことを知りました」。
  それまでも、大学病院での医療に手詰りのようなものを感じていた。手術で歩けるようになって退院した患者が、半年後、一年後に、より悪化させて戻ってくる。「病院だけで医者の仕事が完結しているわけではないと思っていましたが、この旅行ではっきり見えた感じですね」。
  平成4年、仲間たちと大学近くの小山市に「おやま城北クリニック」を開業。大学病院では提供できない医療を目指して、当時は全国的にも珍しかった在宅ケアの24時間365日提供に取り組んだ。
  しかし、その頃はまだ診療報酬も低く「大変な目に遭った」と太田さん。8名のスタッフを抱えながらも往診患者は6名程度。もうだめかと思った時、看護師たちから、「先生のやっている医療は絶対必要なこと。止めないで」と励まされた。
  経営が軌道に乗り始めたのは開業して2年後くらいから。「在宅重視」の社会的な流れが、太田さんたちの活動を後押しした。現在診ている在宅患者は200名近く。医療法人全体で常勤の医師は4名、職員は総勢7、80名という大所帯である。
  ただし、太田さんは在宅医療至上主義ではない。ここが微妙なところだ。「患者さんの生活や活動を支える医療がしたいですね。例えば、肺気腫の患者さんが富士山に登りたいと、それを止めさせるのではなく、実現させるような医療です。医者がいれば、その場が医療になるのですから」。
  患者が家で医療を求めるなら、それが在宅医療になる。だから「生活医」と.でも言うべき、より広い枠組みで捉えたいという。
  開業から10年。これまでは「地域へ出ていく医療」を目指してきたが、これからの10年は「高齢者が集う場への医療支援」を考えているという。「在宅でも肩身を狭くしている高齢者はたくさんいます。また、豪華な特養よりも、民家を改造したようなグループホームの方が生き生きとしている人が多い。そういう所への支援がしたいと思っています」。
  改めて、教育への関わりも始まっている。栃木県医の臨床研修モデル事業で、来年早々に研修医を受け入れる。大手予備校の医師養成コースでは、予備校生たちに現場を紹介している。「彼らに在宅ケアを強制はしません。でも、こんな面白い世界があることを知ってほしいですね」。
今から十数年前、自治医大で医局長を務める太田さんは、身体障害者のグループが医師を探しでいることを知った。「海外流行をしたいが、旅行会社は『医師の付き添いが必要』と渋っている。誰かいないか」。気軽に医師探しを引き受けたものの」当時は身障者が自由に海外流行することなどなかった時代。また、二週間の日程を空けられる医師はそうはいない。結局、「それまで事椅子を押したこともなかった」太田さんがこれに同行することになった。しかし病院とは違って、付き添い医は参加者たちに雇われた身。旅仲間という気安さもあり、遠慮ない意見がぶつけられた。「今までの医療は医者の都合だったと、愕然としましたね。受診してもきちんと話を聞いてくれないとか。本当に医療が必要な人たちに、医療が届いていないことを知りました」。
  それまでも∵大学病院での医療輝に手詰りのようなものを感じていた。手術で歩けるようになって退院した患者が、半年後、一年後に、より悪化させて戻ってくる。「病院だけで医者の仕事が完結しているわけではないと思っていましたが、この旅行ではっきり見、えた感じですね」。
  平成四年、仲間たちと大学近くの小山市に「おやま城北クリニック」を開業。大学病院では提供できない医療を目指して、当時は全国的にも珍しかった在宅ケアの24時間365日提供に取り組んだ。
  しかし、その頃はまだ診療報酬も低く「大変な目に遭った」と太田さん。八名のスタッフを抱えながらも往診患者は六名程度。もうだめかと思った時、看護師たちから、「先生のやっている医療は絶対必要なこと。止めないで」と励まされた。
  経営が軌道に乗り始めたのは開業して二年後くらいから。「在宅重視」の社会的な流れが、太田さんたちの活動を後押しした。現在診ている在宅患者は200名近く。医療法人全体で常勤の医師は四名、職員は総勢七、八〇名という大所帯である。
  ただし、太田さんは在宅医療至上主義ではない。ここが微妙なところだ。「患者さんの生活や活動を支える医療がしたいですね。例えば、肺気腫の患者さんが富士山に登りたいと。それを止めさせるのではなく、実現させるような医療です。医者がいれば、その場が医療になるのですから」。
  患者が家で医療を求めるなら、それが在宅医療になる。だから「生活医」と.でも言うべき、より広い枠組みで捉えたいという。
  開業から一〇年。これまでは「地域拉出ていく医療」を目指してきたが、これからの10年は「高齢者が集う場への医療支援」を考えているという。「在宅でも肩身を狭くしている高齢者はたくさんいます。また、豪華な特養よりも、民家を改造したようなグループホームの方が生き生きとしている人が多い。そういう所への支援がしたいと思っています」。

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