出前医療で24時間365日をサポート―

“人生を丸ごと面倒見る”在宅医療

出前医療で24時間365日をサポート―
“人生を丸ごと面倒見る”在宅医療

 医療が必要だけれども,病や障害,高齢のためにだれかの支援なしには通院できない,入院や施設入所となると,その人らしい生活が損なわれてしまう…。ならば動けるほうが必要な所に医療を出前すればよい――それが医療法人アスムスの在宅医療だ。
だれもが最期まで,住み慣れた地域で,望み通りの人生を送るためには,暮らしのなかでの医療サポートが必要だ。個々の生き方に寄り添い,活動を支える医療(Activities Supporling Medicine)を実践する医療法人アスムスの在宅医療に密着した。

 個々の生き方に寄り添う医療

「昨日は横浜へ行ってきたの。だから今日は,まだ疲れが取れないわ」
この日の往診は,そんな会話で始まった。栃木県壬生町にある元祖・小規模多機能拠点,のぞみホームでの1シーンである。会話の主はここで暮らす81歳の女性,S氏。認知症の症状が重く足腰が弱っているため車いすで生活している。もちろん,S氏は昨日横浜へなど行っていない。
この日の担当医である大澤一郎氏は,車いすに座ったS氏を早速診察する。看護師が血圧を測ろうと手を取ると,S氏が途端に体をこわばらせる。「あんたたち,そうやって点数を稼いでいるだけなんでしょう。私はなんともないんだから放っておいてよ」。そう繰り返しながら,激しく抵抗する。
とはいえ,これも日常的な風景。大澤氏と看護師は,さりげなくなだめながら,血圧・脈拍を確認し,血中の酸素飽和度を測り,足のむくみをチェックした。特に問題はなさそうだ。
S氏は,昨年の夏に大腿骨を骨折し,車いす生活になった。骨折時,手術療法の適応について検討したが,結局,保存的加療となった。入院による安静が,廃用症候群を助長し,さらに環境の変化という精神的な影響で,寝たきりとなることをしばしば経験しているからだ。
特に虚弱な,認知症を合併した高齢者では,治療のための入院でこれまでの暮らしが分断されることにより,体の機能や生活の質が低下することが少なくない。
痛みなど,苦痛がないよう薬物療法を行いながら,在宅で経過を観察しているとほとんどの症例で変形はするが,骨折は治癒する。そうしたら車いすを使いながら十分生活していける。
だれもが最期まで望み通りの人生を送るためには,医療によるサポートが必要だ。どのように暮らし,どのような人生を送りたいのか−。個々の生き方に寄り添う医療が必要なのではないか。人の病気を診るのではなく,人生を丸ごと面倒見る医療―それが医療法人アスムス理事長の太田秀樹氏が考える在宅医療である。
アスムス(A.S.M.SS)とは,Activities Supporting Medicine:Systematic Services(活動を支援する医療)の略。「出前医療」,すなわち在宅医療の推進に力を注いでいる医療法人である。医療が必要で病院に行きたいけれど病気や障害,高齢のためにだれかの支援なしには自ら医療
機関へ行けない人,医療側が患者のほうへ行ったほうがよいという人の所へ医療を出前し,24時間365日の医療サポートを行っている。現在は,約200人ほどの在宅患者を支援しており,そのなかには,高齢者だけでなく障害者,難病患者,小児も含まれる。
太田氏は「24時間365日の医療サポートを行うには,信頼できる,力量のある訪問看護師や各専門医との連携が必要であり,そのために一医療法人における機能内在型でチームを組み,システムをつくってやってきました。こうしたチームを効果的に動かすには,ある程度の規模のシステムが必要です」と説明する。

医療サポートは多機能の1つ
−小規模多機能拠点への出前医療

 S氏の暮らすのぞみホームには,80歳前後の高齢者合わせて8人が住んでいる。認知症の人,肺疾患のある人,ほとんど寝たきりの人など背景はさまざまだが,皆が自然に同居している。一方では食事をし,一方ではソファでくつろぎ,互いに別々のことをしながら同じ空間と時間を共有する。平穏なときが流れているのは「その人の自由を支える」というのぞみホームのスタンスによるものだろう。人と人との自然な共生の場がのぞみホームには存在している。
ここは「通えて,泊まれて,家にも来てくれて,いざとなったら住むこともできる」という,いわゆる小規模多機能拠点だ。1993年の開設当初はデイサービスのみだったが,その後,必要なサービスを1つ1つ加えていくうちに,いつの間にか今の形になっていた,と施設長で看護師の奥山久美子氏は語る。
「お年寄りが,認知症やほかの病気になって,状態が悪くなったとき,サポートなしでは生活していけません。そのとき1つの施設に多くの機能が備わっていれば,通ったり,泊まったり,だれかが迎えにいったついでにホームヘルプをしてきたりと,いつでもなじみのスタッフにより,生活を変えず途切れのないサポートをすることが可能なのです」
のぞみホームにまだ医師が定期的に訪れていなかった時代には,利用者が病気になると,病院か施設に入所してもらうしかなかった。「でも,入院してしまうとお年寄りはふだんの生活がなくなり,その人らしい楽しみを失ってしまいます」
のぞみホームに医療があれば,病気になってもなじみの場所でなじみの人とともに暮らしていける。かねてそう考えていた奥山氏は,小山市を拠点に在宅医療を展開している医療法人アスムスとの出会いをきっかけに多機能の1つとして医療サポートを組み入れた。
太田氏は,小規模多機能拠点についてこう説明する。「今後は,少子高齢化がますます進み,男性よりは女性のほうが平均寿命が長いですから,配偶者の死後,独居生活を何年も送る高齢女性が増えるわけです。皆,最後まで健康ならよいのですが,かなりの数が認知症となりますから,1人では暮らしていけなくなる。介護力を考えたとき,1つの答がグループリビング(共生型住まい)でしょう。のぞみホームのように,必要なサービスを柔軟に提供できる,元祖・小規模多機能拠点が必要になってきます」

その人の生き方と生活に合わせ
医療を選択するのが在宅医療

 大澤氏が次に診察したのは,肺気腫を患っている女性,0氏(91歳)だ。いつもは装着時の不快感を嫌がって自分で外してしまうカニユーラをこの日は珍しく着けている。
「調子が悪いのかな‥・…」。大澤氏はいつもとの違いを察して0氏に尋ねる。
「今日は調子がよくないの? 苦しい?」
「少しだけ…‥・」
そんなやりとりをしながら,バイタルをチェックして肺の音を聞く。
往診の際には,施設長の奥山氏の立ち会いのもと,訪問看護師がバイクルを見て医師が診療を行う。大澤氏は奥山氏に尋ねる。食事はきちんと取れているか,最近は今のようにカニユーラを着けたままなのか,ほかに変わった様子はないか−。看護師そして家族の視点でお年寄り1人1人の様子を把握している奥山氏からの情報は欠かせない。
大澤氏にとって,0氏は特に気にかかる患者の1人であるという。それは,肺炎を起こしやすく,ひとたび肺炎となれば呼吸不全となり,生命の危機と隣り合わせの状況に陥りやすいからである。
在宅医療に携わっていると,在宅で診られるケースと,入院して治療を行ったほうがよいケースを判断するのが難しい場合がある,と大澤氏は言う。そのケースの1つが0氏の肺炎であり,0氏は在宅で可能な医療の範囲が実は広いということを大渾氏に教えてくれた患者の1人であるという。
「在宅ではどうしても十分な検査ができませんから,初めての患者や初めてのケースでは,判断に迷うこともあります。慣れないと,病院のほうが安心だからと,つい入院を考えてしまいがちですが,それでは,環境を変えずに暮らしを継続するという在宅医療の意味がなくなってしまう。ここで0氏を診て,最初は本当に心配でしたが,経過を見ていくうちに在宅でも十分対応できることがわかりました」治療することを最優先とする病院では,カニユーラをその日の状態により着脱することは認められない。しかし,暮らしの場で支える医療,すなわち在宅医療においては,カニユーラを外しても問題がないかどうかを慎重に観察しながら,生活の質を維持するという選択肢もありうる。
医療法人アスムスを通じて週に一度,在宅医療の現場に足を運ぶ病院の勤務医である大澤氏は,病院と在宅の違いについてこう捉えている。
「病院での医療の目的は疾患の治療ですが,在宅,特にのぞみホームの場合には,医療行為をどこまで行うかの判断基準は,生活に支障があるかどうかです。支障がなければ,観察が中心となる。あくまでもその人の生き方と生活が主体で,それに応じて医療を選択するのが在宅医療です。ふだんの生活と,その人のいつもの様子をよく知っておかないと悪くなったときに気付くことができません。こうして定期的に足を運んで日ごろの状態をよく知ることが,在宅医療には重要なのだと思います」
その日,S氏と0氏ほか3人の診察をした大澤氏は,のぞみホームを後にした。

子供の安らかな寝顔を守る
密な連携と信頼される小児医療

 大澤氏と同様,アスムスで訪問診療を行っている小児外科医の吉野浩之氏が訪れたのは,もうすぐ3歳になる男の子,池田悠貴ちゃんの自宅。悠貴ちゃんは両親と妹,そして祖父母と暮らしている。この地域では多い三世代同居だ。
悠貴ちゃんは,さっぱりとした安らかな寝顔で自室のベッドに横たわっていた。この日は,ちょうど初めての訪問入浴サービスの日。いつもとは違う大きな浴槽でリフレッシュしたばかりだ。ベッドの横には人工呼吸器とサチュレーションモニター。脳性麻痺のある悠貴ちゃんは,人工呼吸器なしでは生活できない。
悠貴ちゃんの母親の池田克江氏は,まず,気になっていた不整脈や与える水分の量について吉野氏に相談した。「少し水分が多過ぎるかもしれない。あと,おしっこの量や色を見てください−」と吉野氏は1つ1つ丁寧に質問に答え,指示をする。往診は週に1度。それ以外にも池田氏は心配なことがあれば,すぐに電話で相談するという。
「花粉症かアレルギーかと思って相談したら,肺炎だったこともありました。私は,悠貴の変化に気付くことはできても,それが医学的にどういうことなのかはわかりません。だから何か気がかりがあればすぐに相談しています」
相談の電話はまず,訪問看護ステーションヘかける。そこで看護師が状況を把握し,対応できることは看護師が,医師の診療や判断が必要と思われれば医師につなぐ。
家族の愛情と注意深い観察,医師・看護師の連携,そして医療者と患者・家族の信頼関係により,悠貴ちゃんの安らかな寝顔が守られている。

全く未整備な小児の在宅医療
関係者の認知と体制づくりが急務

 介護保険制度の施行後,高齢者の在宅医療が充実しつつある一方,小児の在宅医療は社会的な認知度が低く,制度面でも未整備な部分が多い。そのため重症障害児の母親たちは,さまざまな壁にぶつかるたびに,病院あるいは行政などに支援を要請し,かけ合ってサービスを獲得していかなくてはならない。文字通り闘うような交渉をしなくてはならないことも少なくない。
生まれてすぐに病院のNICUに入り,重度の障害を持つことになった悠貴ちゃんは1歳4か月で退院することになった。そのころ,池田氏はちょうど悠貴ちゃんと年子になる妹を妊娠中で,しかも早産の危険があったため産婦人科の医師からは絶対安静と言われていたという。病院から悠貴ちゃんの退院の話が切り出されたのは,そんなときだった。
「いつかは退院するのが当たり前だと思っていましたし,在宅で看ることを望んではいたのですが,そのときは私自身が近いうちに入院しなければならない状態だったので,今,帰っても悠貴をだれも看られない。もちろん家庭の状況は説明しましたが,それでも早期退院を促進するという病院側の方針もあるので,慌ただしく退院することになってしまったんです」
しかし,在宅で看るには準備期間が必要だ。準備をする時間のないまま退院したところに,生まれたばかりの子供の世話も重なり,全く余裕のない状態だったという。
在宅へ移行するには6か月以上,最低でも3か月の準備期間が必要だという。医療機器の扱いの習熟はもちろん,移行後に診る医師や看護師と,入院時からなじみの関係をつくっておいたほうが家族は安心だし,在宅へ移行した後では外出しにくくなるので申請手続きなど,入院中にできることはやっておいたほうがよい。
吉野氏は小児の在宅医療の現状をこう語る。
「小児は介護保険の対象になりませんから,ケアマネジヤーも当然いません。つまり,そうでなくても制度やサービスが未整備なのに,母親がケアマネジャー代わりにサービスの調整をしなくてはならない。ですが,母親は人工呼吸器を着けた子供のそばを離れることができませんから,その役割を担うのは難しい。せめて在宅医療の体制が整うまで入院していられればよいのですが,そうした小児の在宅医療の現状が病院にも行政にもほとんど認知されておらず,体制づくりが進んでいないのが実情です」
さらに,母親たちは,わからないなりにも自分でできる限りのことをしようと努力する。いきおい,すべてを抱え込んでしまうという。
「訪問看護師の方も来てくれるようになりましたが,これまで何の接点もなく初めてお会いしたわけですから,悠貴のことを全く知らない方にどこまで任せてよいのかも最初はわかりませんでした。初めのころは,『訪問看護師さんが来ている間は悠貴のそばを離れるわけにいかないから負担だ』とすら思っていたくらいでした」
代わりに看てくれる人手が欲しいと思っても,人工呼吸器を着けた子供を預かってくれる施設はまだまだ少なく,いわゆるレスパイトケアはなかなか期待できない状況だ。数少ない預かってくれる施設のショートステイを利用して,たまには休んだり用事をすませたいと思っても,“育児放棄と思われるのではないが’という心理が働き,ついためらってしまうという。

母親の観察は変化を見逃さない

 次に向かった先は,在宅生活を既に8年間にわたり続けているという,19歳の山本かおりさんの自宅だ。かおりさんも同じく生まれたときから脳性麻痺があり,6歳から人工呼吸器を着けている。かおりさんも訪問入浴サービスを受けた直後。心地よさそうにベッドで眠っていた。
両親と3人暮らしのかおりさんの介護をするのは,母親の山本洋子氏(以下,山本氏)だ。悠貴ちゃんのケースとは反対に,かおりさんは,退院して家に帰りたくてもなかなか帰れなかった。それは,かおりさんが入院していた10年ほど前は,まだ人工呼吸器を着けた子供の在宅医療は病院側にも経験がなく,退院がたいへん慎重に検討されていた時代だったからだという。
かおりさんは,幼いころは寝たきりではなく人工呼吸器も着けていなかった。体調を崩して入退院を繰り返していたが,6歳のときに肺炎になって人工呼吸器を着けて以来,6年間にわたる長期入院となった。
入退院はいつものことであり,人工呼吸器を着けていても容態が落ち着けば自宅へ帰れるものと思っていた山本氏は,医療的な処置がないなら退院したいと何度も訴えたという。
人工呼吸器を着けての在宅療養の世話はたいへんなものだが,山本氏はこれまでも介護をつらいと感じたことはほとんどないという。「やっと退院できた」という思い,それから「この子にはできる限りのことをしてやりたい」という強い思いがあり,むしろ世話を続けられることに満たされているように感じられる。
こうして,毎日かおりさんをしっかりと看続けている母親は,その変化を見逃すことがない。例えば,時々,かおりさんの痰が黄色くなることがあるが,山本氏の経験上,それは肺炎のサインである。そのとき山本氏は慌てずに訪問看護ステーションに連絡を取り,状況を正確に伝える。できれば入院はさせたくないから「まだ,いけそう」だと思えば,そう伝える。医師も山本氏の意向を尊重し,診察して,入院しなくても対応できると判断すれば,在宅で経過を見る。「山本さんの状況把握は的確」と,吉野氏は言う。「よくある肺炎だから,大丈夫なんですよ」とあっさりと答える山本氏。さすが子育てと在宅介護のベテランの風格である。

当たり前の暮らしに不可欠な
サービスを獲得していくために

 大きく構えている山本氏だが,それでも,社会生活の至る所で不便を感じたり,理不尽な思いをすることはある。例えば,この日,悠貴ちゃんやかおりさんが受けた訪問入浴サービスは,居住地の行政を通じてのサービスではなく車で1時間かかる遠方の業者によるものだ。現状では,居住する市では人工呼吸器を着けている小児が訪問入浴サービスを受けられる体制が整っていない。こうした場合,すべて個々にサービスの提供をかけ合っていくしかないのである。
今,山本氏が最も心配しているのは,自分が看られなくなった場合のかおりさんの世話である。
「今は,重症小児がショートステイに入れる制度がありませんし,代わりの人に看てもらうこともできません。もしも私が倒れたりしたら,この子を看る人がいないんです。ちょっと出かけるときに見てくれたり,ほんの1日でも息抜きできるようなサービスが欲しいと思います」
患者や家族にとって厳しい状況にある小児の在宅医療だが,現状を知る人や当事者が声を上げていくことが,現状を変える力となる。声を上げる人たちは増えつつある。
「これまで,スタッフにも恵まれ,魂を入れてその人の人生を支えるような医療や支援を行ってきたが,それでもやはり“支える’のには壁がある。つまり,どんなに医療者が充実した支援を行っても,制度や周囲の意識など,それ以外の部分が欠けていれば,その人の“生活’や“人生’を支えることはできない。そうした社会の環境を変えていくには,当事者が社会をよくするための市民運動家になり,声を上げていくしかないわけです。かつては,声を上げる人も少なかったけれども,生きる当然の権利のために声を上げる人たちも出てきました。社会的に弱い立場にある人たちが声を上げようとするとき,医師など人的なネットワークや活動の基盤に恵まれた人が支援することで,大きな力と,変える一助になる。これからの在宅医は,市民の一員としてそうした役割を担うことも必要だと考えています。(太田氏)

TOPへ  おやま城北クリニック  蔵の街診療所  街かどクリニック・世田谷  生きいき診療所  生きいき倶楽部  訪問看護おやま  ケアセンター 居宅生きいき ケア研究所 RISTEX 理事長の部屋  最新情報  アスムス概要