Home Care Medicine

今、地域で求められている
医療ケア
ー在宅医療の未来と課題ー
佐藤  智
太田秀樹
谷亀光則
山崎摩耶

介護保険制度スタートから5年
−その評価
市民の当事者意識の高揚と
訪問看護の質の向上が顕著

佐藤 まず,思いのほかこの5年間で在宅医療が非常に進んだという印象があります。それは,やはり介護保険ができたことによって,国民1人1人が在宅医療を身近な問題として考えるようになってきたということが大きいでしょう。今の時代,たいてい身近に1人か2人は介護保険のお世話になっている人がいますし,40歳以上の人は実際に介護保険料という形でお金を払っているということもあるわけですけれども。ただし,本来,介護サービス1つ1つに使われているお金というのは,回り回って自分たちが出しているはずなのに,「自分たちが出して支えている」という意識があまりないように感じますね。健康保険にしてもそうですけれども,いまだに「国が税金としてやってくれるものだ」という認識が根強い。そこが大きな問題だと思います。やはり,在宅医療とか在宅ケアというのはそこからもう一歩進んで,「自分たちが参画しているんだ」ということを国民1人1人が強く意識していかないと。健康保険制度の“二の舞い’になるのではないかと危惧しています。最初からネガティブな発言で申し訳ないですが。
谷亀 私も介護保険の出だしとしては非常によいと思うし,そう思いたいです。ところが,実際には高齢者の数は増え続けているわけで,どうしても介護保険にかかわる費用がかさんでくる。そういう状況がこれからしばらくの間,20年くらいは続きますから。そのための財源など,経済面での裏づけを今後どうするかというところも含めて評価すると厳しいのですがね。
太田 やはり,ネガティブに見るかポジティブに見るかによって,「光と影の部分」があると思います。「社会の意識変革」という意味ではおおいに評価できるのではないでしょうか。行政との距離が近くなったし,われわれ医師もこれまで他職種との連携というのをあまり経験することがなかったわけですから。何より先にお2人がおっしゃったように,市民が自ら介護保険料を払うことによって当事者意識を持つようになってきたということが大きいです。それが「光」の部分でしょうか。
しかし,一方で,介護保険が始まっても本当に重度の人を看ているのは相変わらずご家族なんです。比較的軽度の人には多くのサービスがあるわけですが,重度の人が在宅療養できるかというと,今の介護保険制度だけでは難しい。ですから,“高齢者が重度の障害を抱えても在宅で幸せな人生を全うしていく”という,そういう点において介護保険制度はまだそんなに強力な武器になっていませんね。
佐藤 本当に重度の方を,介護保険だけで看るというのは確かに難しいですね。
太田 要するに病院ではもうやることがなくなって,あとは家に帰すしかないとなったとき,そういう方たちにとってはあまり力になっていないと思うんですよ。
谷亀 それに問題なのは,医療依存度が高い方たちは老人保健施設どころか,ショートステイすら利用できないという現状です。要するに医療がかかわると施設にはなかなか入れないという,このあたりにおおいに矛盾を感じています。
太田 本当に在宅療養が必要な重度の方が,社会的に支えられて在宅で生活するためには,今のこの制度だけでは難しいということです。
谷亀 太田先生が言われたように,重度の方が在宅にいるということは私も感じています。本来,そのために介護保険ができたわけですけれども,実際は,従来そういう人たちを支えるために地域にあった,ボランティアを含むさまざまな資源が,介護保険制度ができたために,かえって薄れてしまったような気がしています。
佐藤 訪問看護のほうはいかがですか。
山崎 この5年間で病院から在宅へ戻ってくる方で医療ニーズが高いケースが非常に増えて,当然,訪問看護のニーズも高くなってきました。従来にも増して,訪問看護の現場は非常にたいへんになっています。全国で5,600か所
開設されている訪問看護ステ←ションの数も横ばいですし,何より人材不足が甚だしい。1つには「夜勤がないから在宅は楽だろう」という安易な気持で訪問看護に来た方たちは,実際にやってみたら「こんなにたいへんだと思わなかった」ということになっている。それでなかなか人が定着しないということが,人材不足の大きな要因になっているんですね。
太田 と言っても,この5年間で訪問看護の質は確実に高くなりましたよね。以前は「病院で働く自信がない」という理由で訪問看護をやっていた看護師というのもいたんですよ。結局そういう人たちは,訪問看護をしている顔をしていて,実際は介護をしていたにすぎないのだけれども。ところが,介護保険が始まったことによって,そういう人たちは訪問介護に淘汰されてしまった。
そこで生き残った訪問看護師たち−−つまり,病院医療のなかで閉塞感を感じて地域に出て,訪問看護を始めた人たちというのは,非常によいことをするわけです。“在宅というのはこんなに看護の専門性を前面に打ち出せるところなんだ’,“看護師が主体性を持って働ける場だ”ということを実感しながら仕事をしている。これは介護保険のお陰だと思います。
山崎 ありがとうございます。身体介護に介護報酬が付きましたから,介護との違い,看護の専門性をご理解いただくのもなかなか難しいところがあったんですけれどもね。
太田 訪問看護に関しては,やはり介護保険ができたことによってかなり質が高くなっていると思います。1つには,在宅では「医師の指示書さえあれば看護師が自由にできる」ということもあるわけです。
谷亀 それは病棟ではありえないことですよね。
太田 だから,在宅では下手な医師よりも看護師のほうが信頼できる。
一同(笑)
山崎 訪問看護師たちが,開業医の先生方から「君たちがちゃんと看てくれるから,僕らはそんなに往診しなくてもすむようになったよ」というような感謝の言葉をいただくということはよく耳にしております。
太田 それに関連して1つエピソードがあるんですよ。ある訪問看護師がいつも行っているお宅で,その患者さんが見るからに脱水で調子が悪そうなので,「点滴を1本すれば元気になるだろう」と思った。それで主治医に「点滴をして欲しい」とお願いしたところ,「自分はああいう人に点滴するのは嫌だ」と言って断られてしまった。その看護師は,経験が豊かで技術もあり,当然,医師の言葉に納得できない。でも,指示書がない限り点滴は行えない。それで考えた揚げ句どうしたかというと“ケアマネジヤーと結託すればショートステイに入れることができる”ということに気付いたわけです。家族と本人の意思があればショートステイが使えるんですね。それでショートステイということで私の施設で点滴をしたのです。
山崎 なるほど。それは賢い。
太田 そうしたら案の定,その人は3日くらいで見る見るよくなりましたよ。実際,そういうふうに医師以上に臨床力がある看護師さんもいるわけです。こういうことができるようになったのも,介護保険ができたお陰だと言えるでしょう。
佐藤 もちろん,単なる脱水ではなくて実際に寿命ということもあるわけです。そういうケースでは点滴なんかしてしまうと逆にまずいことがありますね。
太田 おっしゃる通りです。その看護師が「脱水」と診断できたのは,日ごろから看ていて,その人の病状をしっかり把握できていたからこそなんですね。たまに往診に来てそのときの状況を見ただけでは,正確な診断ができない。私が強調したいのは,いかに看護師が主体性を持つようになってきたかということで,在宅は看護師が,ある程度自由に動くことができるフィールドなのだということです。

ケアマネジヤーは専門職として
もっとプロ意識を持つべき

谷亀 個人的には,正直「ちょっと,かわいそうだな」という気がしています。介護保険が始まる直前までケアマネジメントの介護報酬が決まらないなど,非常に不安な形でケアマネジメントの制度が始まって,それがいまだに尾を引いているような気がします。スタートする前は,独立開業するケアマネジヤーがもっとたくさん出てくるんじゃないかと期待していたんですが,実際は独立している方はごくわずかで,ほとんどの方がサービス事業所に所属しているわけです。そうすると,どうしても自分の所属する事業所のサービスを優先的に使わざるをえない。そんなジレンマのなかで仕事をしている方も多いと思います。それとわれわれ医師側に,ケアマネジヤーへの理解が少し足りないのではないかということも感じています。

佐藤 そういう傾向は若干あるかもしれませんね。
太田 一方で,ケアマネジャーのほうにおおいに問題があることも事実なんです。例えば,毎日摘便している患者さんがいると「摘便は看護の仕事ですから訪問看護を入れてください」ということを平気で言う。そうではなくて「なぜ摘便が必要なのか」考えることが必要なのであって,毎日食べているものや水分の拝取量を観察したり,運動量を調べたりして,それで摘便しなくてもすむような管理をするのが本来の看護師の仕事なわけです。それを「摘便をするのが看護師の仕事だ」と勘違いしている。残念なことに,そういうレベルのケアマネジメントが多いのが現状です。
山崎 訪問看護の現場からは,「ケアマネジャーが訪問看護を使ってくれない」,「ケアプランに入れてくれない」といった声をよく聞きます。そのために採算が取れなくて困り果てているステーションが全国にたくさんあるんですね。では訪問看護を使わないで何を使っているかというと,身体介護でヘルパーさんを使っているわけです。どうもケアマネジヤーにとって医師や看護師は「敷居が高い」ということがあるみたいですね。多くのケアマネジヤーはどこかの事業所に所属しているわけですから,併設している事業所のヘルパーさんだと使いやすいというのはわかるんですけれども。だけど,実際に訪問看護でなければわからない,対処でさないケースというのがあるわけですから。
谷亀 ケアマネジャーが医師に対して「敷居が高い」というのはよく開きますけど,看護師に対しても「敷居が高い」というのは初めてお開きしました。そんなこともあるのでしょうか。
山崎 それは私どもの反省材料の1つでもあるんです。「私たち,そんなに偉ぶって仕事をしていたのね」ということで(笑)。
谷亀 私はケアマネジヤーの会議なんかにもよく参加しているのですが,いまだに「医療系のケアマネ」と「福祉系のケアマネ」という言い方をされるのが,個人的には非常に情けないというか,寂しい気がしています。介護保険が始まった当初は仕方ないかなと思っていたんですが,最初から資格を取った人はもう5年やっているわけですからね。おそらく今の山崎先生のお話は「福祉系のケアマネ」のケースだと思うんですけれど。
太田 確かに「福祉系」という言葉は今でも使われていますね。「私は福祉系ですから医療のことはわかりません」といったことを平気で言うケアマネジヤーもいますよ。
谷亀 ただ,ケアマネジャーという専門職が集まった会議の席上で,マイクを通してそういう言葉を聞かされるとね…‥。
山崎 そうですね。プロじゃないですね。
谷亀 確かに資格を持っている人たちのバックグラウンドの違いはあるにせよ,やっていくうちに少しずつ範囲を広げていこうというか,専門職としての意識が足りないのがちょっと寂しいですね。

有能な訪問看譲師がいれば
在宅医療の負担は大きくない

谷亀 私の大学の後輩にも,2年くらい前に在宅専門のクリニックを開業したのがいましてね。そういうふうに在宅医療をやる医師の数は少しずつ増えているように思うのですが。
佐藤 それは確実に増えていますよ。
谷亀 ただ,開業医全体で言えば在宅医療を行っている方の割合は少なくて,ごく少数の頑張っている方たちに負担が集中してしまうのではないかと心配しています。やはり,在宅医療というのは手が出しにくいということがあるのでしょうか。
佐藤 そうですね。大都市圏の医師だと特にそういう傾向がありますね。
太田 「在宅をやるとすごく負担が大きい」と想像している先生が多いんですよ。確かに1人でやるとたいへんですけれど,有能な訪問看護師をパートナーにすれば,実際はそれほどでもないと思うんですけれどね。在宅では看護師がやれる範囲が結構広いわけですから。
谷亀 それに今は,酸素濃縮器にしろ,人工呼吸器にしろ,中心静脆栄養にしろ,在宅を想定してつくられた医療機器が非常に多いし,しかもかなり使いやすくなっていますよね。だから,必ずしも医師が行かなければならないことはなくて,看護師で十分対応できる。ご家族でもある程度フォローできますしね。
太田 ですから私は“合法的に看護師が行うことができる部分”は看護師に任せればよいと思っているんです。そこで1つのキ←ワードとして「チーム」という言葉が出てくると思うのだけれども。
山崎 そうですね。在宅では,プロはプロとして,適材適所でチームケアをすることが重要なのですね。ただ,そこがこの5年間でまだ未成熟な部分だと感じておりますけれども。
佐藤 おっしゃる通りですね。
太田 私は医療をやっていくうえで「母性」と「父性」の両方が必要で,それをうまくチームのなかに組み入れることが大事だと思っている。だから“女性的な先生”は“男性的な看護師’と組んでやればよいと思いますね。
一同(笑)
太田 ジェンダーの話だと誤解されかねないので,これはあくまで「男性と女性」ではなく「父性と母性」ということで聞いて欲しいんですけれども。やはり,生活を見ていくなかで,どうしても“母性の視点’というのが必要だと思うんです。つまり,“父性の視点”とは「きめの細かさ」が違うんですね。つまりそういうことも含めて,在宅医療に必要な要素をチームでそろえるということが必要なのですね。

医師も看護師も早い時期に
在宅医療の現場を知っておくべき

谷亀 ところで,「在宅医が少ない」という話に戻りますが,私の場合は大学教員という立場もあるので,余計に教育の問題が大きいのではないかと感じています。大学の教育のなかで,もっと在宅医療を取り上げていく必要があるのではないかと。私の大学でも,2年前からやっと在宅医療がカリキュラムのなかに組み込まれたんです。2年生のときに週1時間だけですが−。だから,6年生になるころにはもう忘れてしまっているかもしれないけれど,とりあえず在宅医療のイメージだけでもわかってもらいたいなと思っています。そのほかに,選択授業になりますが“地域の開業医の先生のところに行ってもよい’というものがあって,だいたい20%ぐらいの学生が地域の開業医の所に行っています。もちろん,研修先の先生が皆さん在宅をやっているとは限りませんけれどね。
佐藤 それに,新医師臨床研修制度で卒後研修のなかで地域保健・医療が必修になりましたからね。
谷亀 そういうふうに,できれば少しでも早い時期に.地域医療や在宅医療というものに触れることが大事なのではないかと思いますね。細かい理屈よりも,まずこういう現場があるということを自分の目で確かめてもらいたい。
佐藤 私も学会(日本在宅医学会)の事務局が順天堂大学にある関係で,5年ほど前から1年生の在宅医療の講義を持っています。毎年やっていますと,大学のなかの雰囲気,学生の雰囲気というのが確実に変わってきているなということを感じます。そういう意味では,谷亀先生の言うように,なるべく新しい,若いときに在宅医療に触れておくというのは非常に大切だと思いますね。
山崎 教育と言えば,看護教育もずいぶん変わってきておりましてね。カリキュラムに在宅看護論が新設されたの
が1996年なのですが,最近は学生の意識がずいぶん変わってきたなと感じております。実際,看護大学や専門学校などで学生にアンケートを取りますと,「将来,就職したいナンバーワン」が訪問看護なんです。教育のなかに取り入れられて8年で,これだけ学生の意識が変わるのだということを実感しています。ただ残念なことに新卒で病院に就職しますと,目の前の患者さんの対応に追われて,いつの間にか「在宅をやりたかった」という気持がスポイルされてしまうみたいなんですね。それで,今,看護協会ではドクターの新医
師臨床研修制度みたいに,「看護師も卒後研修を必修化する」といったことを検討しているところです。その一環として訪問看護現場を位置付ける。早期研修で,退院した患者さんたちが帰る生活の場,そこでのケアの在り方ということを知らないと,本当の意味での臨床看護はできないのではないかというのもあるんですね。
佐藤 それはぜひ実現していただきたいですね。
山崎 もう1つの大きな問題は,病院の看護職たちが「在宅を知らなさ過ぎる」ということなんです。これはドクターにも全く同じことが言えると思いますけれども。学校で在宅看護論を勉強しているはずなのに,一方では,「あなたたち,こんなに知らないの?」というようなことが結構ございましてね。介護保険のこともよく知らないために,上手に使うことができない。なかにはケアマネジヤーの資格を取っている方もいるわけですけれども。やはり,病棟の業務とリンクしていないということが大きいのでしょうが。
佐藤 それはあるでしょうね。
山崎 ですから,退院前カンフアレンスなんかで訪問看護師が病棟に出向きますと,もう病棟での介護保険の手続きから何から,1から教えてあげなければいけないということが結構ある。「これではいけない」というので,昨年から厚生労動省で予算を付けていただいて,「病院看護師と訪問着護師の相互交流による研修事業」を始めたところなんです。これは現職のナースが対象ですけれども,実際やってみるとたいへん効果がありました。
佐藤 具体的にはどういった形で行っているのでしょうか。
山崎 現職の病棟ナースが訪問看護ステーションに出向いて,そこで2〜3日間研修を受けるんです。同じように訪問看護師も病院に出向いて研修を受けて,それで相互交流を図っていこうというものなのですけれども。そうしますと,病棟のナースはみんな「目からうろこ」状態になるわけです。
谷亀 われわれ病院の医師としても耳が痛いですね。意外に「在宅医療の守備観囲の広さ」を知らない人が多くて,結局,そのためになかなか在宅に帰れない人たちというのが多いと思いますね。後から「本当はもう少し早く退院できたのに…」というケースを聞くことも結構ありますから。
太田 そういう意味では,クリニカルパスのアウトカムに「在宅復帰」が必要なんだと思います。病院側は在宅へ「移行」させるという意識だけれども,在宅をやる側の意識としては「導入」なんですね。いかに在宅へ導入させていくかという。その導入のためには「パス」が必要だと思うし,つくれると思うんですよ。だからこそ,病院の医師には在宅のことをもっと知って欲しい。ほとんどの開業医は“病院医療を知っている”わけですから。

支え合い,声を上げるための
基盤としてのコミュニティーづくりを

佐藤 今の介護保険の大きな課題として,本当に重度で在宅が困難なケースで,そういう人たちの声をどのようにして吸い上げていくかということがあるわけです。問題は“声の上げ方”なんですね。私は,それは地域社会,まさにコミュニティーがやるべきことだと思っています。
太田 コミュニティーということで言えば,まず「コミュニティーとは何か」といった議論も必要だと思うんですよ。制度をつくっている側は,例えば「小学枚区」とか「中学校区」とかいうのを1つのコミュニティーの単位だと言いますが,実際はそこにある種の連帯感がないと,コミュニティーとして機能しないわけです。例えば,震災の被災地ではコミュニティーがしっかりした所から早く回復する,立ち直りが早いと言われています。そういう地域ではホームケアをやりやすいと思います。しかし,そこに住む人たちが喜怒哀楽を共有できるような連帯感を持っている地域が,実際どれだけ残っているのかということが問題なのです。例えば,東京あたりだとマンションに50世帯いたとして,隣にだれがいるのかすらわからない。そういうコミュニティーもあるわけですから。
佐藤 確かにそうですね。
太田 ホームケアというのは,本来“Community Based Care”であるべきものですよね。例えば,地域によっては,インフォーマルなサービスが,機能として必要なサービスの形で生きているところもある。そういうコミュニティーでは,そんなに充実したフォーマルなサービスがなくてもホームケアが成り立つわけです。尾道市(広島県)の医師会長の片山寿先生の所などは「機能するコミュニティー」が残っているから,ああいったことができるんですよ。
佐藤 そもそも在宅医療というのは,在宅で生活し,病気になり,亡くなっていく−それを医療者や福祉職がケアしていくというものなのです。そのことを通して,もう一度日本のなかに“Community Organization’つまり,“コミュニティーをつくっていく”という動きが起こってくるべきだと思うし,それが私の願いでもあるのです。ただし,米国には“Community Organizer”に代表されるように,さまざまな専門職がいるんですが,日本にはそういうのが全くありませんからね。コミュニティーをつくっていくためには,やはり,そういった専門家がいないとなかなか難しいと思いますね。太田 そうですね。日本の場合は,まだまだ地域によって福祉に対する考え方や対応の差が非常に大きいですからね。私たちの医療法人は3つの市をカバーしているんですが,医療や福祉といった問題に対する考え方,対応がそれぞれの市によって大きく違っています。ある市では「トータルケアセンター」のようなものをつくって障害者も高齢者も窓口を1本化するなどかなり斬新なことをやっています。
佐藤 介護保険についても3市で差が大きいのですか。
太田 1つの市は介護保険制度がスタートするときに,これを牽引車にして従来の福祉政策をすべて変えてしまいました。ほかの2市の場合は,どちらかと言うと「介護保険のために何をやろうか」というスタンスだったと言えます。つまり,スタートの時点でそれだけ後れを取ってしまっているわけです。それと,地域によって,いまだにコミュニティーが強い連帯感で結び付いている所もあれば,そうでない所もあります。歴史や伝統のある古い町というのは,昔からそこに住んでいる人たちが多いわけですから,市民同士の連帯感が非常に強い。例えばある市では,往診に行くと,どこからともなく近所のおばさんがやってきて,詳しくその人の病状を説明して,疾風のように去っていくわけです。そういう地域性が残っている。よい意味での「村社会」があって,そのなかで患者情報を共有しているわけですね。そういうところは「オーガナイザー」がいなくても成り立つと思いますし,それがよいか悪いかは別問題として,死っているものをうまく利用するという方法もあるのかなと思います。
谷亀 そういうことで言いますと,私の住んでいる伊勢原市というのは,「隣組制度」のようなものが今でもあるんです。10世帯ぐらいで1つの「組」と杯して,持ち回りで「組長」役を務めるんです。−−ちなみに私は昨年「組長」だったんですよ。
一同 (笑)
谷亀 と言っても,おもな仕事というのは地域でやるお祭りとか「組内」でお葬式があったときの仕切り役とか,そういう程度のものなんですけれどね。それで年に2回くらい,地域の「組長」たちが20人くらい集まって会合のようなものを持ったりするわけです。そういった「隣組」みたいな制度が残っている地域は,ほかにもあると思うのですが。
佐藤 そういう「組長」さんたちの会合で決められたことが,市に吸い上げられていくというのはあるのでしょうか。
谷亀 残念ながらそこまで影響力のある組織にはなっていません。
太田 でも,例えば犯罪発生率が低いとか,孤独死が少ないとか,ほかの地域と比較した場合に,そういった「隣組」のような組織があることのメリットというのは結構あるような気はしますね。
谷亀 隣近所の家庭内の動向は,みんな把握していると思います。「あそこの息子さんはどこに就職した」とか,「娘さんがどこにお嫁に行った」とか,そういったことはお互いかなりわかっているわけです。そういう意味では,まだまだ「田舎のよさ」が残っているというところでしょうか。これが大都市Community Based Medicineという考え方だとそうはいかないと思うんですよ。東京なんかでも,まだ「下町のよさ」み
たいなのが残っているところもあるのでしょうか。
佐藤 私が住んでいるのはいわゆる「山の手」のほうなので,「隣にだれが住んでいるか」ぐらいは知っていても,その家の詳しい事情まではわかりませんね。
太田 「下町」と「山の手」ではずいぶん違うというのは聞きます。「下町」で在宅をやっている先生に聞くと,まだ「下町人情」みたいなものが残っているようなことをおっしゃっていますから。

コミュニティーをつくっていくのも
在宅医の役割の1つ

佐藤 そうなってきますと,やはり,そういった地域の違いによって在宅医療のやり方も変えなければいけないということになってくるのでしょうかね。太田先生の所は3つの市で違いがあるということでしたけれど,それらを使い分けしているんですか。
太田 使い分けせざるをえないですね。例えば,私が今,力を入れて取り組んでいる重症小児の在宅医療の問題1つ取ってもそうです。2,3年前までは私たちが診ている患者さん200人くらいのなかで,重症小児はたった2人だけだったんです。ところが,この1年半のわずかの期間で,新たに7人の子供が在宅に戻ってきています。小児の在宅医療の場合,ケアをコーディネートすべきケアマネジャーが不在であるとか,レスパイトケアが困難であるとか,高齢者と異なる問題がいくつもあります。実際,人工呼吸器を着けている子供を預かる施設なんてほとんどありませんから。そうすると,結果的に社会的入院をせざるをえない状況になってしまう。
佐藤 市によってサービスや意識の差が大きいということですか。
太田 そうです。因ったときにきちんと対応してくれる窓口がある市もあれば,相談する窓口すらない市もある。だから,例えば入浴サービスを受けたいと思っても,そういう業者がいるかどうかさえ相談することができない。一方,トータルサポートがきちんとできている市では,すぐに入浴サービスを受けることができるわけです。つまり,どの市に住んでいるかによって,「お風呂に入れる子供」と「お風呂にすら入れない子供」がいるのが現状なんです。だから,現実問題として「この市では重症小児を在宅で診ることはで
きない」というところもあるわけです。
佐藤 そういう場合,「障害があるからといってお風呂に入れない子供がいるのはおかしいから,みんなで入れるようにしていこう」といったような運動が起こるということはないんでしょうか。
太田 私は「在宅医は積極的に市民運動に参加すべきだ」というのが持論なので,自分でもできることをやっていこうと思っています。それで,ある町で重症障害児のお母さんたちを集めて,そこに朝日新聞の記者を呼んで,入浴すらできないありのままの実態を書いてもらったことがあるんです。
「引き受けてくれる業者がいないから制度化できない」というのが行政の説明でしたが,私の考えでは「制度化すれば,対応する業者が出てくる」なんですよ。実際,介護保険のなかで入浴サービスをやっている業者なんてたくさんいるわけですから。
佐藤 ある意味「行政との戦い」ですね。
太田 そうやって変えていくしかないですね。そういう意味では,「コミュニティーをつくっていく」仕事も,実は在宅医療をやる医師の使命の1つかもしれないと思いますね。
佐藤 全くその通りですね。私もそう思っています。
太田 よく,医師には権威主義的なところがあって,そのことで市民から批判されたりします。ですが,もし医師に権威があるとするならば,むしろそれを患者,市民のために使うべきだと思います。例えば「お上に対して医師が中心になって旗を振って」行政にものを言うとか。それによって患者との

今後の課題,向かうべき方向性
在宅医療・ケアの発展のために

間に信頼関係が生まれることにもなりますよね。
佐藤 私は,やっぱりそう思います。昔の話で恐縮ですけれども,私が東村山市で「寝たきり老人への訪問看護」を始めたときも,医者がやり出したから仕方がないみたいなところは確かにありましたからね。それに,実際やってみたら「寝たきりの人が歩き出した」という事実があって広がっていったわけです。そういう意味では,コミュニティーのなかで医師のようなプロフェッショナルな仕事を持つ人の役割というのはあると思います。
太田 尾道の片山先生が「地域が機能する」と言っておられますが,私も今まさに求められているのはそれだと思います。
山崎 制度は後から付いてくるもので,私たちも「訪問看護」がない時代に実践をし,制度化させてきました。経管栄養の点数化やターミナルケアの点数化も闘いでした。昔も今も在宅ケアは闘いの場ですよ。

本当に必要な人に医療が届く
仕組みづくりが今後の課題

佐藤 30年ほど前,私がロンドンに視察に行ったとき,当時,英国には“Geriatric Visitor’’という専門職がありましてね。そのとき2人の方に会ったのですが,1人はその地域で10年間,訪問看護師をやっていたという方,もう1人は同じくらいMSWをやっておられた方でした。
2人とも上級試験を受けて“Geriatric Visitor’の資格を取った人たちで,その人たちが「私は医師にもオーダーできるんだ」ということを言うのですよ。「どういうことでしょう」と聞いたところ,看護師にしても,保健師にしても,MSWにしても,従来の職種の人たちはある意味で“自分たち本意’で仕事をやるけれども“Geriatric Visitor’というのはそうではなくて,“常にクライアントである老人の側に立って仕事をする”人だと言うのです。残念ながら今はその制度はなくなってしまったそうなんですけれどもね。「老人ばかりをやるわけにいかない」ということで,障害者なども含む地域全体をケアする職種に変わってしまった。要するに「老人専門」ではなくなったということでした。
いずれにせよ,英国では30年も前にそうしたことをやって大さな成果を挙げていたという事実があるわけです。わが国でも,そういうふうに医師にオーダーができ,そしてあくまで患者である老人の側に立つ職種がいないと,これからの老人医療や介護保険は成り立っていかないのではないかということを最近感じております。今はケアマネジヤーがそれに近い存在ということになるのでしょうけれど,もう少し高いレベルのところでコーディネートする役割の人が必要なんじゃないかなということです。
谷亀 私は今後の在宅の1つのキーワードは「家族のレスパイト」だと思っています。現実問題として,医療依存度の高い人が在宅で生活しなければならない仕かけになってしまっているわけですから,そういう意味からもますます必要になってくるのではないかと。もちろん,介護する家族のほうもそれなりの充実感を味わいながらやっているにしても,療養期間が長くなってくるとそれだけではやっていられなくなる。長続きさせるためには,どうしても家族のレスパイトが必要なんですね。単に要介護者の調子が悪くなったときだけということではなくて,たまには「家族旅行に行く」という理由でもよい。そういう家族の要望をある程度聞き入れた形のレスパイトが必要ではないかと思います。
今の介護保険にはそういう視点が少し足りない気がします。ショートステイという制度はありますが,どこもいっぱいでなかなか利用できないのが現状です。最初はショートステイも非常によい制度だと思っていたのですが,実際はあまり機能していないように感じています。だから,例えば,医療機関を利用したレスパイトがあってもよいのかなと思います。結局,医療行為が発生しても老人保健施設ではその分の報酬が請求できないから受け入れてくれないわけで,ショートステイがあまりうまく回転していないと思うんですね。厚生労働省でも有床診療所を利用したショートステイみたいなものを考えているようですが,その辺がうまく制度に乗ってくることを期待しています。

包括的地域ケアと
小規模多機能拠点が鍵

太田 私のほうからは3点ほどあります。第1に,在宅医療というのは「医療的介入によって患者さんをもっと幸せにする」ためにあるわけです。だから,まず「検査,診断,治療」という従来の医療のパターン化したスキーム
から脱却してもらいたい。われわれがかかわるのはそういうパターンに当てはまらない人たちなのですから。そして,在宅における医療的介入の意義は,そういう人たちのQOL,要するに生活の再構築ができるかどうかにあると思うんですね。ところが,今はそういう視点が全く抜けてしまっている。ぜひ在宅における医療の在り方を関係者の共通認識として持っていただきたい。
2つ目が,私もわが国にこれから必要なのは包括的地域ケアだと考えているんですけれども,在宅ケアがそのなかに含まれてもよいと思っているんです。もともと包括的地域ケアというのは米国のとある市で始められたシステムがモデルで,厚生労働省が名前だけを持ってきたようです。だからサービスの中身は非常に似ているけれど,財源を含めて運営されているそのシステムとは,全く違う。日本も包括的ケアを本気でやるなら,財源の問題を含めてもう一度考え直す必要があると思います。
最後の1点が「人口減少社会における少子高齢化」の問題です。要するに将来的に“働かずに食べていく人’がわが国の人口の半分くらいになってしまう現実があるわけです。そうすると「老老介護」が当たり前になってくるのだけれど,限界がある。したがって求められるのは,やはり小規模多機能拠点だと思うんです。小規模多機能拠点も制度化されたことで,逆に骨抜きにされてしまった感があるけれど,本当に必要なのは,小規模多機能本来の考え方,いわば‘元祖’小規模多機能拠点なのであって,在宅医療もその多機能の1つということです。
山崎 私は,これからはある意味で“社会がケアする時代”になってくるのではないかと感じています。つまり,家族とか家,地域,そういったものを全部ひっくるめて,社会全体がどんなふうにサービスを充実させていくかということが重要になってくるのではないかということです。
そういうなかで,これからは‘自宅に代わる住まい”がたくさんつくられるようになるでしょうけれど,私はそこで「住まい」としての部分とサービスの部分をセパレートするべきだと思っているのです。今,施設というのは住まいもサービスも一緒で包括払いになっているわけですけれど,そうではなくて,住まいは住まいでいろいろなバリエーションがあってよいと思うし,そのうえで医療や着護,ケアなどをあくまでも外部サービスとして使えばよいということです。そのためには,独立した報酬体系をつくる必要があると思います。そうすれば,安上がりではないかもしれないけれど,無駄遣いはしなくてすむのではないでしょうか。
それから,谷亀先生がおっしゃった「レスパイト」というのも非常に大事なことで,私たちがこれからトライアルしたいと思っているのは,特にALSなどの重度の方の住まいの問題です。例えばグループホーム,グループリビングみたいな形で住んでもよいし,日中,適所したりそこに泊まりに来てもよい−−といったものを考えております。これについては,なるべく早く対応しなければならないと考えております。「ALSの人ばかり集めたら非常にたいへんでしょう」というようなことを言う人もおられますが,そういう問題ではないわけです。「すみか」をつくるのですから。医療やケアは外から来るものであって,どこで住んでどこでケアを受けようが,それは自分が責任を取ればよい話ですよね。将来はそういうコミュニティーケアに変わっていくべきではないかと。ですから,看護の視点で多機能地域看護ステーションをつくっていくことが大事なのかなと思います。
佐藤 いずれにせよ,行政や制度を変えていくためには,どこかでだれかが発言していくことが大事だし,そのために‘声を上げる場所’というのが必要ですね。
山崎 そういう意味で,この『Home Care MEDICINE』のような雑誌に,ぜひ,私たちをバックアップしていただきたいと思いますし,リーダーシップを取っていけるような雑誌になることを期待しております。
編集部 今後『Home Care MEDI CINE』が目指す方向を示していただいたような気がいたします。本日はありがとうございました。
一同 ありがとうございました。(了)

 

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