訪問看護と介護〔第8巻・第12号〕 
医学書院  管理者日誌 H
管理者とはなんぞや
医療法人アスムス
わくわく訪問看護ステーションおやま
小薗江 一代

医療法人アスムスの管理者揃い踏み

 昨日までステーションの一訪問看護師だったのに,ある日突然管理者になった。訪問看護師としての仕事は昨日までと何ひとつ変わらないし,変わったらむしろおかしい。しかし,「管理者としてどうあるべきか」という呪文に縛られ始める。これが昨日までの私との大きな違いだ。それでは,管理者とはどうあるべきなのか。医療法人アスムスの管理者たちの素顔取材を通して,「管理者」について検証してみたい。とは言っても,かなり主観的なレポートになると思う。

 医療法人アスムスのすべてを支える(仕切る?)管理者は太田秀樹理事長であるが,「4月になったら冬用タイヤは早く交挽しろ」などと,およそ医師とは思えぬほど細やかな(?)目配りで訪問車両にチェックを入れる。

 中村路子看護部長は,最近では,老人保健施設の入所者のケアと勤務表に釘付けとなり,看護師教育に忙殺されている。

 赤木芳枚参事は数十人いる介護職の指導からデイケア利用者の苦情対応,レセプトのチェックや介護犬ネーロの世話,昨年植えた桜の消毒の手配まで,それはそれは法人が機能するために必要なことはなんでもやっている。

 管理者と言えば聞こえはいいが,彼ら3人はかなりの量の雑務も管理している。そして,わくわく訪問看護ステーション・ゆうきの平澤由美子所長が,私と同じく訪問看護ステーションのみを任された管理者である。私を含めた5人の言動から管理者とはなんぞや,と考えてみる。う〜ん…,普遍的な管理者像はとても浮かんでこない。なぜだ??

●エゴグラムにみるそれぞれの性格

 あれは今から数年前,まだ私たちの法人がたった20坪のクリニックだけだった頃である。ステーションという形ではなく,クリニックの訪問看護部だった頃,皆でエゴグラム(性格分析法の一種)をやってみたことがあった。いや,確か太田医師の指示で施行したのだった。

 その結果,中村さんはNP(愛性の心・やさしく保護する心・母親型),赤木さんはCP(厳しい心・正義感が強く理想に燃える心・父親型),平澤さんはA(大人の心・冷静に分析する理知的な心),私はFC(自由な心・天真爛漫で無邪気な心),太田先生はAC(順応する心・いい子を演じようとする心)が突出していた。占い程度の感覚だったが,太田先生からそれぞれのエゴグラムの解釈を聞いて,皆で大笑いした。ぴったり当たっていたからだ。今思えば,管理者全員が全く違ったキャラだった。医療法人アスムスは「キャラのるつぼ」か,「船頭多くして,船,山にのぼる」か? アスムスの明日はどっちだ!?

 看護師として勤務しながら,結婚。その後出産(2回),それでも仕事を続けながら子育てをこなし,さらに同居の義祖父をしっかり介護していた。ある時太田医師と運命的に出会い,同級生の坂本さん(現赤木参事)とおやま城北クリニックの訪問看護部を設立。看護部長に就任(どうやら看護部長は体重の重いほうがなったらしい)。

 柔らかな口調,ソフトな物腰,やさしい笑顔が武器。スタッフも利用者も,コロッとまいってしまう。素直に「ああ,甘えていいんだ」とホッとしてしまうオーラがあるのだ。悩みごとを相談しても「うんうん,そうなの。大変だったわね」と言われただけで,もう立ち直れるくらいのパワーがチャージされる。究極の癒し系である。

 しかし,看護師であり,母であり嫁であり妻であり,仕事も介護を同時進行でこなしていく底なしの強さがある。たとえればブルドーザーのようだ。ところが,「私,頑張っています」と言うようなアピールはまったくない。いつも普段どおりなのだ。大雪の中,2時間かけて通勤してもである。つまり自宅が異常に遠い。栃木県でも有数の過疎地で,この間まで村だった。晴れた日の通勤でも1時間以上かかる。それを毎日もくもくと通ってくる。まだ訪問看護で利用者宅を回っていた時も,受け持ち患者に何かあれば,その長い距離を駆けつけてくる。患者・家族も当然心得ていて,「遠いから気をつけて,お大事に」と逆に労られていた。従ってこの距離は業務の障害ではなく,ご利益として作用していた。まさに管理者に適任の人柄。

 ダイエットも常に心がけており、訪問看護部で出された饅頭をきちんと半分にして食べる。もちろん,その残りはそのまま置きっ放しであるが,なんと次のせんべいも半分にして食べる。そして,次の和菓子も,その次のお菓子も……。半分だったらいくら食べてもいいのか? と突っ込みを入れたいくらいだ。しかしこれは几帳面だからではない。「中村さん,この間の〇〇,どこにありますか?」「えっ?私預かった? どこだっけ?ちょっと待って?…ゴソゴソ…あれっ? どこへやったっけ?」というのは日常茶飯事。中には消息不明となる品々も…。

 一方,酒は一滴も飲まないのに,宴会は皆勤賞である。しらふでカラオケなんか歌っちゃったりして,「歌い食べ」の専門である。某看護師の結婚祝賀会で,早食い競争に参加して,もちろん優勝。「勝因は?」の問いに「いつもはおやつを食べちゃうんですけど,今日は研修でおやつが食べられなかったからだと思います」と謙虚に答えていたものの,おやつと勝因の因果関係についてはきわめて不自然というのが周囲の見解である(証拠ビデオあり)。

頼れる姉御肌(カミナリ親父?)

 外科畑一本槍。仕事をこなすスピードは半端じゃない。野生の勘に加え,データから患者を把握し,理論的に物事を処理する。多角的な視点で判断。とにかく何をやっても一本筋が通っている。患者さんのためを思えば,そこら辺の医者に,全く物怖じせずに意見が言えて,激しい議論もできる。女性にありがちな,感情論でモノを言うようなことはない。親分肌である(ちなみに中村さんはもち肌である)。某大学病院の外科病棟に勤務していた頃の後輩たちは,赤木さんを「師匠!」と呼ぶ。私もその1人だ。見ていないようで見ていてくれて,さりげなく指導したり,手助けしてくれるところが「師匠」と呼ばれるゆえんだ。

 それでも注意される時は怖い。本質を鋭く言い当てているから,「ズキッ!」と心に突き刺さるが,当然だなと納得してしまう。ただし,決して言いっ放しにはしない,その後も評価してくれる。だから,誉められた時は本当にうれしい。面倒見がよいのだ。

 今は訪問看護に直接的な関わりはないが,困ったことがあると,「赤木さんに聞いてみよう」ということになる。「いい加減しっかりしろ」と檄を飛ばされるが,一緒に考えて的確なアドバイスをくれる。本当に頼りになる。

 義理人情に厚く,人との付き合いを大切にする。だから周囲には赤木さんを頼りにしている人が集まる。患者・家族の信頼も厚く,赤木さんじゃなくてはダメと言う方もたくさんいた。ある方の看取りの時は,まるで赤木さんの到着を待っていたかのように,「来たよ,赤木だよ」の声を聞いてから大きく一呼吸して,息を引き取られた。こんなドラマのような経験はなかなかできるものではない。今までいかに深い信頼関係を築いてきたか,いかに赤木さんを頼りにしていたかを思い知らされるエピソードだった。

 お酒も強い。楽しい宴席ならビールでも日本酒でもOK!なんでも持って来い!となる。ただし,酔うほどに説教くさくなるので,うかつに近寄れない。「ちょっと!ちょっと,こっち来て」なんて手招きされたら‥‥冷や汗ものである。これは理事長ですら恐れている。身に憶えのある者,心にやましいことがある者は,なるべく宴会では目を合わせないようにするのが生活の知恵だ。某看護師の結婚祝賀会では早飲み競争に参加。1位になれなかった悔しさに,「ストローで飲んだら酒がまずくなる! もう一回やり直し!」とルールの変更を強要し,周囲を困惑させていた(証拠ビデオあり)。困ったら,法律まで変更させそうな勢いをもつ,まさに管理者に適任の人柄その2である。

 でも,家庭では私たちの知っている人とは,別人なのである。もうすぐ結楯10年,ご主人を「ダーリン」と呼ぶラブラブ状態で,料理上手の妻。看護師を辞めたら,カレー屋をやりたいと老後のと設計もバッチリである。

冷静沈着な判断と熱い八一ト

 見た目は小さい。遠目で見るとさらに小さく,ちょっと老けた小学生のように見える。しかし,その見た目とは大違い。存在感はとても大きい。「仕事」に対してきちんとした考えを持っている。管理者としての自分の役割や,訪問看護師としてするべきことをしっかり押さえている。そして情が厚い。スタッフでも受け持ち患者・家族でも相手のことを丸ごと受けとめる。よいところも悪いところもわかった上で,だ。

 患者のために熱くはなるが,感情が先走りすることはない。冷静に自分の判断や周囲の意見を吟味し,いつもよい方向に向かうようにと心がけている。良い意味で切り替えが早い。今回の診療報酬引き下げに,ガッカリした私が愚痴をこぼすと「仕方ないよ。コツコツやるだけさ」と答えた。経済的問題を優先させて質を落とすことを何より嫌っている。

 また,本人は気づいていないかも知れないが、訪問中と素の顔がここまで違う人も珍しい。顔を使い、分ける技術はまさに管理者に適任の人柄その3である。

 そんな平澤さんの素の顔を少し紹介してみよう。 まず,周囲のうわさにかなり疎い。皆が知っているようなことでも「え一っ!私知らなかった! もうみんな知ってたの?」と騒いでいる。他人に左右されない我が道タイプである。そして,かなりの機械音痴で,パソコン入力での保険請求が半ば義務となっても,「私にパソコン使えって言うの?私は手書きでいいの!」と受け入れない。初めてのダブルクリックは今時の小学生より拙い手つきだった。しかし,今やパソコン暦も3年。自分の原稿(9月・10月号)も立派にパソコンで作成している(子どもに指導を受けているらしいが)。

 なぜか,太田先生からの電話にはとても冷ややかな対応をする。「はい平澤です。ああ,はいはい,はい。ああ。えっ? はい,わかりました」(ガチャッ)。感情がまったく読めない淡々とした返答に,「平澤はこわい‥‥」とその不気味さを周囲に漏らしている。

 仕事以外の特技も持っている。育て上手なのだ。家にはハムスターを始め,ざりがに・なまず・カブトムシ・くわがた・犬…。そして子どもが3人。旦那さん1人を除き,みんな元気で大きく育っている。第3子を出産する前に,「赤ん坊の寝る場所がない!」と心配していたくらい,生き物がたくさんいるのだ。わくわくステーションならず,わくわく動物ランドである。ブリーダーとしても十分やっていけるのではないか,と私は密かに思っている。

「柔軟な感性」「先見の明」とはまさに太田理事長のことである。常に問題意識を持ち,先のことを見つめている。日本の在宅医療の先駆けとなったのも,そのためだろう。

 整形外科医の彼は,当時いくら上手に手術をして退院させても,歩けなくなって戻ってくる患者のいることに,どうしてだろうと疑問を持った。それが,この道に入り込むきっかけになった。普通の整形外科医なら,手術が成功すればそれで満足してしまうだろう。しかし彼は,病院での治療がいくらよくても,家に戻ってからきちんとしたケアが継続きれなければ意味がないということに,いち早く気づいたのだ。私の知る限り「お医者様」にはあまり見られない感性だと思う。また,たとえそれに気づいても,外科医が「メスを持たない」選択はまずしないだろう。ところが,患者さんにとって必要だから,月1回の外来診察だけでは意味がない,動けないなら動けるほうが行けばいい,と某大学病院の整形外科医局長まで勤めた人があっさり辞めた。大学病院で秘書まで付いて前途洋々たる人生があったはずなのに。

 在宅医療のために20坪の診療所を構えた。「小さな施設の大きなサービス」をモットーに,医師でありながら,おむつ交換もでき,陰部の清拭から電球交換,エアコンの掃除まで,在宅療養に必要なことはなんでもした。「電気が切れると家の中が暗くなって,気持ちも暗くなっちゃうだろ」「エアコンが効かないと,この暑さじゃ脱水になるよ」等,ぬかりなく利用者にその必要性の説明までしている。

 往診に来た医師がまさかそんなことまでやってくれるなんて,と患者宅では感謝感激あめあられ! この気取りのなさも,利用者のハートをグッと掴んでしまう要因だ。利用者のほとんどはこの太田マジック(と私は呼んでいる)で,あっという間に「太田教の信者」になってしまうのだ。腹が痛くても,神経痛が起きても,食欲がなくても,太田先生が往診しただけで治ってしまう。顔を見せるだけで治してしまうのだ。

 対応の仕方も,相手によって違う。要点だけを分かりやすく説明している時もあれば,データ類も引っ張り出して難しいことを話している時もある。また,「今日は暑いね」だけの時もある。理解カにあわせて説明の内容が変わっている。不定愁訴の多い患者のところに往診に行って「めきめき悪くなったねえ」と言ったことがある。すると患者は「そうなんですよ,先生」と笑顔でうれしそうに答えただけで,いつもの訳のわからない病状を延々と語らなかった。まさに相手のニーズにあった対応だ。「俺は屋台の親父だ」と言ってはばからなかった彼も,在宅療養に必要なものは結局なんでも揃えてしまった。在宅診療所が3か所,訪問看護ステーションが2か所(有限会社でさらに1か所),介護老人保健施設,ヘルパーステーションまで造ってしまった。事業を拡大すれば,理事長としての負担も当然重くなるが,「必要だから」というシンプルな理由で施設が増えてしまった。

 在宅医療の啓発にも余念がない。執筆活動から講演,地域のネットワーク作りなど幅広く行動を起こしている。物書きしかしていない人が理想論を本にしているが,理事長は現在進行形で実践しているのだ。本業(たぶん医者)がおろそかにならないかと心配なくらい飛び回っている。このバイタリティーはどこからくるのだろう。自ら「俺は忙しくしていないと,体調を崩す特異体質だ」と言っているので,いくつになるまで体質改善しないのかそっと見守っていたい。

 理事長と仕事をしていて一番ありがたいのは,看護師をパートナーとして対等に扱ってくれることだ。「看護師風情が何を言うか」ぐらいの扱いを受けることがしばしばあるが,理事長はこちらの意見もきちんと聞き入れてくれる。

“看護師ごときに”と看護師もどきの医者が言い

 なんて川柳も彼の作である。同じ土俵で議論ができるが,スタッフの仕事ぶりのチェックも欠かさない。病態報告の仕方が悪いと「きちんと看護の目で見て,判断してから言え」とお叱りを受けることもある(ごもっともでございます)。まさにトップに立つにはふさわしい人柄。

 でも‥‥‥こちらが真面目に患者の状態の報告をしているのに,ダジャレを連発するのは止めていただきたい。「便が硬くて出にくいようなので,カマ(酸化マグネシウム)の処方を……」「ん? カマ? 出してもカマ・わないよ」等々。こちらが脱力してしまうようなダジャレを連発してうれしそうにしている(ここでウケてしまうと先々の仕事に支障をきたすので,笑いをぐっとこらえる)。

 また非常にノリがよく,まるで子どものようだと思う時もある。誕生日(通称:ヒデのカーニバル)のプレゼントでもらったカッパのかぶり物を装着したままカラオケボックスへ行ってしまい,何気なく受付の前を往復。「あっ!カッパがいる!」とバイトの女の子たちを大喜びさせ,とてもご満悦である。某看護師の結婚祝賀会の時には,話の長さが災いして,スピーチは頼まれなかったものの,率先して宴会芸を披露した(証拠ビデオあり)。その芸は確かに楊内を非常に盛り上げ,アンコールに応えて再登場する場面もあったが,職員たちの肩身の狭さを気に留めることもない。全く特異なキヤラである。

天下無敵のノー天気(便所の100ワット)

 最後に私である。訪問看護を始めてから子どもを2人産み,そのたびに産休・育休をいただき(そのうち1回は管理者になってから),周囲に多大な迷惑をかけつつ,仕事をしている。病人をかかえて暗くなっているお宅に,笑いを届けたいという信念(?)で訪問を続けている。太田理事長には「お前,悩んだり落ち込んだりすることあるのか?」と真剣に聞かれ,赤木さんには「あんたにつける薬はない!」と言われている。そんな私っていったい何者?

 自分のことを主観的にレポートするとかなりのブーイングが出そうなので,周囲に私のことを聞いてみようと思う。久々に試してみたエゴグラムでCPとFCが同じくらいになっていたのを見て,少しは成長したかな? と自己満足してはいるけど。

 

平沢談:そりゃあ,赤木師匠の弟子だもの,その仕事ぶりは文句なし。看護師としての知識も技術も十分備え,周囲からも,患者からも頼りにされているでしょう。

 当法人のスタッフのモットー「格調と品格」はどこかに吹っ飛んでしまっているようだが,周囲の人をすべて笑いの渦に巻き込んでしまうその人柄は,持って生まれた天性。まさに,暗くなりがちな在宅の場にうってつけの人。ただ脳天気に明るいだけではない。気配りも常に忘れない。面倒見の良さは師匠譲り。元気も良ければ気前も良い。まさに管理者に適任の人柄。

 赤木さんに「B型の方向音痴は訪問に向かないから,来るな」とさんざん言われながらも,採用される前からちょこちょこと訪問看護部にやってきていた。その雰囲気は,まるで最初からそこに居座っていたようだった。

 絵の才能にも恵まれ,楽しい絵付きの妙なFAXがしばしば送信されてくる。患者も私たちもそれを見て笑い転げている毎日である。なんでこんな人が看護師をやっているのか。進むべき道を間違えたのではないだろうか? 漫画家でもコメディアンでも,さっと人気者になれること間違いない。

 

赤木談:なぜ当法人の職員として働いているのだろうか。スーパーで久しぶりに再会し,「今度うちの訪問看護に遊びにおいでよ。お茶でも飲みに‥‥」と社交辞令として挨拶した。それが彼女の耳には違って聞こえたらしく,大学に退職願を提出し,「就職します」と訪問着護部に現れた。人の話をしっかり聞かないのが彼女のチヤームポイントだ。

「はいはい,わかりましたよ。師匠,大丈夫ですよ」と言っておいて,自分の思うところの道を,信念を持って進んでいく。後で就職理由を開いてみると,大学での終末期医療現場で自分の限界を感じ,地域でターミナル患者に1人の看護師として向き合いたいというものだった。動機付けとしては満点である。

 平成8年にフジテレビの番組「白衣の天使密着24時「感動の看護婦最前線9」の取材を当訪問看護部が約1か月にわたって受けた。彼女にも「今度テレビの取材があるんだ」と話をした。早とちりの典型だと思うのだが,彼女はエステに通いお肌を整え,就職前から休みを利用して足しげく訪問看護部に顔を出すようになった。もちろん訪問にも手弁当でついて行く。向学心があるとも言える。タイミング悪く,取材班は彼女が大学で働いている時に限ってやってきて,順調に取材を終えた。自分が主役になると思っていた彼女の落胆振りはいかばかりかと思えば,立ち直りの速さが素晴らしい。「師匠,まだ小山テレビがありますよ!」…‥自分だけの世界に入り込んでいる様子。

 恥ずかしいほどの,振り切れている感じのあの明るさと落ち着きのなさに付ける薬もないし,当法人としても対応策を見つけられずに8年目を迎えようとしている。仕事ぶりは大学での臨床経験を基礎に,訪問看護師としての知識,技術にさらに磨きをかけている。患者1人ひとりに対する気配りが素晴らしい。バレンタインにチョコレートを初めてもらったお爺さんたちは,意味はわからないが喜び,患者や家族に笑いと元気を運んでいる。自分の明るさを武器に誰の真似でもない自分らしい訪問看護を堂々と実践し,本当に生き生きと楽しそうに仕事をしている。このことは非常に大切で,看護師が自分の生活のためだけに仕事をするようだと患者を幸せにはできない。

 看護師として一人前だからこそ,仕事以外では余裕が表われているのだと思う(ようにしている)。理事長や私への誕生日のどうでもいいプレゼントも毎年忘れない。あまりもらいたくない品を選ぶセンスにも年々磨さをかけている。看護師としても管理者としても現在進行形。今後も現場で学んでいってほしい。

 

管理者たるもの

 医療法人アスムスの管理者5名の実情をかなり突っ込んでレポートしてきたが,性格の甚だしい違いをご理解いただけたと思う。それでは,(医)アスムスは単なる個性集団なのか? それは違うと思う。個性は違っても,「善いことをしたい」「人間が好き,お年寄りが好き,この仕事が好き」との想いは1つだからだ。船頭は多くても,力を合わせてまっすぐ前に進んでいける。

 おやま城北クリニックの訪問看護部に就職した頃,中村・赤木両先輩に「まずは患者のことを考える。次に組織のこと,最後に自分のことだ」と教えられた。スタッフをかかえ,ステーションを運営していくにはもちろん経営のことも考えなければならない。だからと言って,経営最優先であってはいけないと思う。相手は人間なのだ。

 利用者が満足できるケアを提供することで,自分たちが行なったケアに誇りを持てる。それが,周囲の評価を高め,次の利用者の獲得につながる。そして結果が経営への貢献となる。さらに,質の高いケアをしているという自負は,スタッフの仕事に対するやりがいや生きがいにつながり,24時間365日対応であっても,こなしていけるのだと思う。これは滅私奉公のつらい気分ではなく,もっと前向きな意欲である。

 私たちの医療法人は訪問看護のマニュアルをあえて作成していない。「オートクチュールのケアにマニュアルはいらない」との理事長の方針に基づいてのことだ。マニュアル化できる基本的な看護技術,医療知識,訪問時のマナーはできて当然。そこに自分らしさをプラスアルファして,訪問看護が展開できる看護師でなくては良い看護は提供できないと考えている。もしマニュアル通りのケアしかできないのなら,型にはまった生きがいし

か生まれてこないだろう。

 管理者自身も,「管理者」という肩書きに縛られてはいけない。うっかりすると,スタッフを統治してしまいがちだが,それは「管理」という言葉をはき違えているだけだ。管理方法には,いろいろなスタイルがあっていいと思う。己を知ることから独特のスタイルができあがるはずだ。カリスマ的な力を求心力として,組織をまとめている管理者もいていいと思うが,1人でできることには限界があるのも確かである。だから,自分1人でステーションを運営しているのではなく,多くのスタッフと力を合わせて運営しているのだと認識した方がよいだろう。そのためには自由に意見交換ができる,風通しの良い関係を作っておくことも大切だ。そして,安心してまかせられる,自分の期待に応えてくれる,信頼できるスタッフを育てていくことが管理者の仕事だ。またそんなスタッフが,逆に管理者である自分を育ててくれているという謙虚な姿勢も重要だと思う。

 ちょっと生意気なことを言ってしまったが,管理者3年生としての願いは,このステーションが周囲に評価され,この地域に溶け込めること。そしてその伝統を受け継いでくれる次の世代の所長が育ち,訪問看護ステーションの老舗となってくれることである。訪問看護がケアプランに入らないのは・・・・・・

 当ステーションは,介護保険制度の開始と同時期に開業し,今年の4月で丸3年が経過した。しかしその前身は,積極的な往診を中心としたスタイルで医療を行なうおやま城北クリニックの訪問看護部として,すでに9年の実績があった。
介護保険制度により,ケアマネジヤー(介護支援専門員)という職種が確立されたが,それまでも,訪問看護師として看護はもちろんアセスメント,サービスの連絡,調整,介護者の支援などを含めた業務を当たり前のように行なってきた。そのため,あえてケアマネジヤーにならなくても,訪問看護は十分できると思っていた。また,自分は訪問看護の仕事に専念していたいという気持ちが強かったのだが,フタをあけてみると現場では医学的管理の必要性があるにもかかわらず,訪問看護がケアプランに入っていないことが多かった。
訪問看護はもともと医療の視点から必要性が判断されるべきであり,介護の限度額に左右されることに擬間はあるが,それはさておき,在宅療養の鍵を握るケアマネジヤーが,「訪問看護の必要性を理解していない」という現実に何度も遭遇した。また訪問看護をプランに入れてはいるが,在宅ターミナルの例においては,本人と家族への支援体制を整えて,家族もなんとかがんばろうとしている楊合でも,「大変だから」とか「安心だから」という理由で土壇場で家族に入院を勧めてしまうようなケアマネジヤーもいる。在宅での看取りに消極的なのもまた現実である。

ヤル気満々の介護者に
介護負担軽減のケアプラン!?

「老衰の女性にすぐに訪問看護を開始してほしい」と,その患者の主治医から直接依頼があった。86歳のSさんは,1か月ほど前から徐々に食が細くなったようだ。もともと脱水もあって,かなり衰弱していた。主に介護をしている50代の息子夫婦は,最近同時に失業してしまったという。「お金はないけど,家にいるから,ぜひ自分たちで介護したい」と意欲的である。こんなに頼もしい介者に会うのは,ずいぶん久しぶりのような気がした。最近では,どこの家庭も共働きで,日中独居の高齢者が急増している。留守番ができるくらいの高齢者ならまだいいが,1人にしておいて大丈夫だろうか‥‥‥という方も多く,かなり具合が悪くなるまで家族が気がつかないことも多い。
働き盛りの若夫婦が失業してしまったことは不幸で残念なことだが,介護力不足のこの時代に介護者が2人もいるなんて,Sさんにとっては“不幸中の幸い”だと思えた。それは「親孝行する時間を与えられた」という息子さん夫婦の前向きな言葉や,点滴をしている間,ずっと手を握ってそばに寄り添い,声をかけるやさしさなどからも感じることができたのだ。

●「訪問看護は高いから‥・・‥」

 しかし訪問看護を行なう上での大きな障壁は,現状からかなりかけ離れたケアプランにあった。最寄りの在宅支援センターの担当ケアマネジヤーが立てたプランの内容は,介護者の負担軽減のため,入浴も含めた週2回のデイサービス。あとは介護用ベッドのレンタルのみだった。
今日訪問したばかりの看護師に,お嫁さんが不安そうに話す。「なんかお風呂にいくと,元気なくなるんです。食事だって,2口って書いてあるけれど,忙しくてゆっくり食べさせてもらえないみたいで…‥」
自宅では1時間でも,2時間でも本人のペースにあわせて,ゆっくりと食事介助ができる介護者だった。形ばかりのデイサービスで,Sさんはますます脱水が進行し,体力は消耗するばかりになっていた。介護保険利用経験が浅いため,介護者はケアマネジヤーのプランに注文をつけることを遠慮してしまっていた。モニタリングの重要性を痛感し,私は,早速そのケアマネジヤーと連絡をとった。主治医からの依頼で,緊急で訪問看護に入った旨を伝えたのだが‥‥‥悲しいことにケアマネジヤーの主張はこのようだった。
「訪問看護をプランに入れるかどうかは,こちら(ケアマネ)が決めること。あのお家は息子さんたちが失業していているから,訪問看護は高くて勧められない。具合が悪いのなら,入院するよう勧めます」
!? なんとも矛盾した話である。在宅療養の推進が介護保険制度の大きな目的であるのに,アセスメントの方向性を間違えると,こんなにも悲惨なプランができるのだろうか…と失望した。だが,このまま容認するわけにはいかない。
その後電話で30分にわたり,繰り返し訪問看護の必要性、家族の現在の意向などを説明し,やっとのことでケアプランに訪問看護が加えられた。
後日談だが,そのケアマネジヤーは,資格を取って今回始めて「訪問看護」をケアプランに組み込んだらしい。体の状態に関心がなければ,早期に異常に気づけるはずはない。彼女の担当したうち,医療が必要な利用者は,病状の悪化→入院というコースが「普通」であったことだろう。入院が必要な状態になって,入院加療する経済的負担を考えれば,普段から予防を心がけるプランニングのほうが,ずっとリーズナブルである。訪問看護は決して高くはないということを,ケアマネジヤーの皆様にご理解いただきたいと思う。

●本人と家族にとっての“幸せ"とは?

 ところで,お金の問題も重要だが,それよりもっと重要なのは,入院することで本人が受けるダメ←ジである。環境の変化に適応できない高齢者は,入院をきっかけに痴呆があらわれたり,狭い病室のベッド上での生活で,あっという間に筋力が低下し,退院するころには歩けなくなってしまう。これは,病院勤務で痛いはど経験してきた。
状態の重度化が家族の介護負担を増強し,在宅介護が困難となる。その結果,社会的入院や施設入所を余儀なくされてしまうのだ。療養環境を変えずに早期に対応できれば,そういった不幸な経過をたどることを防げるはずである。ケアマネジヤーの判断は,まさしくその人の「人生を左右する」のだ。本人にとって,家族にとって,何が幸せなのかを見極める能力が求められている。
私たちの行なっている訪問看護こそ,まさしくプライマリケアだと思っている。担当看護師が早期に対処することで,本人や家族の負担を最小限にし,できるだけ環境を変えずに在宅療養を継続することをモットーとしている。そのためには本人の性格や普段からの生活だけでなく,介護者や,家族関係を把握することも必要になる。時々遊びにくる孫の名前や,ペットの話題まで知りつくしているエキスパート看護師は実在するのだ。その知識は決して無駄ではない。在宅医療はマニュアル通りにはいかず,1人ひとりに合わせたケアはまずその環境を知ることから始まるのだ。
昨年の夏真っ盛りの8月。腎機能の悪いKさん(88歳,女性)が脱水になった。88歳とはいえ痴呆はなく,理解力も十分だが,介護をする娘さんも高齢のため介護力に問題があった。利尿剤を含めた補液管理は自宅では困難であったため,家族の希望もあり,やむをえず入院することになった。
1か月ほどで,脱水と腎機能が改善したころ,Kさんは見事なまでの廃用症候群となってしまっていた。その経過をたどると,入院後直ちにバルンカテーテルが留置されている。次に経口摂取ができないから,とIHV(高カロリー輸液)が入る。Kさんはベッド上だけの小さな生活空間で療養しているうちに,娘の顔も分からなくなるはど痴呆が進行した。結局,経口摂取が期待できないことと,IVHからの感染による発熱を理由に,病院からは,胃痩造設が勧められた。娘さんからこのような相談を受け,最悪の経過をたどってしまったことを知り,入院させたことをこれほど後悔したことはなかった。それは入院前のKさんの人柄をよく知っていたからこそである。

●「生命の量」より「生命の質」を選んだKさん

 たった1か月前のKさんは読書を楽しみ,穏やかな話し方からインテリジェンスを感じることもあった。自分の最期の迎え方に対してしっかりした考えを持っていて,訪問看護師やデイケアの職員に,日ごろから口癖のように語っていた言葉が耳に残っていた。「身体に管を入れられてまで生きていたくない。そうなったらおしまいよ……」
もちろん娘さんも何度も聞いた言葉である。病院側からは「胃痩を造らないと餓死する」と説明されていた。家族にとっては,罪悪感を募らせるような詰めより方に思えた。確かに口から食べられなければ餓死するだろう。それも自然の姿と受け止め,人間としてどう生きるのか,何が幸せか,という選択肢はなかった。しかし娘さんは私たちに相談した後,Kさんの意思を尊重して「餓死を覚悟で退院」を選んだ。
大好きな犬2匹と猫7匹に癒されて、自分の居場所をとりもどすことを目標に,Kさんらしく生きることにこだわった。自宅に戻っても,無気力,無関心だったKさんだが,1匹1匹ペットの名前を思い出すうちに,表情が見られるようになり,気がつくとKさんの枕元や布団の周りは,猫ちゃんたちに占領されていた。その姿は最もKさんらしさを感じられる光景であった。
そのうち,本当に少しずつではあったが食事が摂れるようになった。もともと嚥下障害があったわけではなく,ただ病院のベッドで寝かせきりになっていたため,廃用症候群が増悪し,食べることを忘れてしまったようだった。口から食べることで,痴呆症状も改善し,徐々に娘の顔もわかるようになった。退院時のKさんは寝返りもできなかったが,約3か月が過ぎ,歩行練習を始めるとあっという間に平行棒を往復できるようになった。なにより普通の生活を続けることが,もっとも効果的なリハビリだったのかもしれない。時間はかかったがKさんは入院前と同様に元気になった。胃痩造設を迫られた時,「生命の量」より,「生命の質」を選んだことが,結果的に好転した忘れられない事例である。
一般には病状が重いと在宅医療は困難だと信じられているようであるが,現場にいるとそうは思えない。医療面のしっかりとしたサポートがあれば,全く介護の経験のない家族でも,がん末期や難病の介護,人工呼吸器の管理など,十分継続できる可能性を持っている。これらの経験のなかに真実があるはずだから,私たち訪問看護師が自信と誇りを持って,在宅医療の姿を正しく社会に伝えていかなくてはならないと思う。その人らしい人生が送れるよう,また望んでいる最期が迎えられるよう,方向性を見失わずに,これからも訪問していきたいと思う。

 

 追記:管理者でもない私がなぜ「管理者日誌」を書くよう命ぜられたのか,いまだに疑問は残ります。「わくわく訪問看護ステーションおやま」の所長の産休・育休中に代行を務めたせい(?)だったのでしょうか。でも,この機会に少し頭の中が整理できたように思います。


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