訪問看護と介護〔第8巻・第11号〕 
医学書院  管理者日誌 G
ケアマネジメントは人生を左右する
医療法人アスムス
わくわく訪問看護ステーションおやま
北 野 光 枝

訪問看護がケアプランに入らないのは・・・・・・

 当ステーションは,介護保険制度の開始と同時期に開業し,今年の4月で丸3年が経過した。しかしその前身は,積極的な往診を中心としたスタイルで医療を行なうおやま城北クリニックの訪問看護部として,すでに9年の実績があった。
介護保険制度により,ケアマネジヤー(介護支援専門員)という職種が確立されたが,それまでも,訪問看護師として看護はもちろんアセスメント,サービスの連絡,調整,介護者の支援などを含めた業務を当たり前のように行なってきた。そのため,あえてケアマネジヤーにならなくても,訪問看護は十分できると思っていた。また,自分は訪問看護の仕事に専念していたいという気持ちが強かったのだが,フタをあけてみると現場では医学的管理の必要性があるにもかかわらず,訪問看護がケアプランに入っていないことが多かった。
訪問看護はもともと医療の視点から必要性が判断されるべきであり,介護の限度額に左右されることに擬間はあるが,それはさておき,在宅療養の鍵を握るケアマネジヤーが,「訪問看護の必要性を理解していない」という現実に何度も遭遇した。また訪問看護をプランに入れてはいるが,在宅ターミナルの例においては,本人と家族への支援体制を整えて,家族もなんとかがんばろうとしている楊合でも,「大変だから」とか「安心だから」という理由で土壇場で家族に入院を勧めてしまうようなケアマネジヤーもいる。在宅での看取りに消極的なのもまた現実である。

ヤル気満々の介護者に
介護負担軽減のケアプラン!?

「老衰の女性にすぐに訪問看護を開始してほしい」と,その患者の主治医から直接依頼があった。86歳のSさんは,1か月ほど前から徐々に食が細くなったようだ。もともと脱水もあって,かなり衰弱していた。主に介護をしている50代の息子夫婦は,最近同時に失業してしまったという。「お金はないけど,家にいるから,ぜひ自分たちで介護したい」と意欲的である。こんなに頼もしい介者に会うのは,ずいぶん久しぶりのような気がした。最近では,どこの家庭も共働きで,日中独居の高齢者が急増している。留守番ができるくらいの高齢者ならまだいいが,1人にしておいて大丈夫だろうか‥‥‥という方も多く,かなり具合が悪くなるまで家族が気がつかないことも多い。
働き盛りの若夫婦が失業してしまったことは不幸で残念なことだが,介護力不足のこの時代に介護者が2人もいるなんて,Sさんにとっては“不幸中の幸い”だと思えた。それは「親孝行する時間を与えられた」という息子さん夫婦の前向きな言葉や,点滴をしている間,ずっと手を握ってそばに寄り添い,声をかけるやさしさなどからも感じることができたのだ。

●「訪問看護は高いから‥・・‥」

 しかし訪問看護を行なう上での大きな障壁は,現状からかなりかけ離れたケアプランにあった。最寄りの在宅支援センターの担当ケアマネジヤーが立てたプランの内容は,介護者の負担軽減のため,入浴も含めた週2回のデイサービス。あとは介護用ベッドのレンタルのみだった。
今日訪問したばかりの看護師に,お嫁さんが不安そうに話す。「なんかお風呂にいくと,元気なくなるんです。食事だって,2口って書いてあるけれど,忙しくてゆっくり食べさせてもらえないみたいで…‥」
自宅では1時間でも,2時間でも本人のペースにあわせて,ゆっくりと食事介助ができる介護者だった。形ばかりのデイサービスで,Sさんはますます脱水が進行し,体力は消耗するばかりになっていた。介護保険利用経験が浅いため,介護者はケアマネジヤーのプランに注文をつけることを遠慮してしまっていた。モニタリングの重要性を痛感し,私は,早速そのケアマネジヤーと連絡をとった。主治医からの依頼で,緊急で訪問看護に入った旨を伝えたのだが‥‥‥悲しいことにケアマネジヤーの主張はこのようだった。
「訪問看護をプランに入れるかどうかは,こちら(ケアマネ)が決めること。あのお家は息子さんたちが失業していているから,訪問看護は高くて勧められない。具合が悪いのなら,入院するよう勧めます」
!? なんとも矛盾した話である。在宅療養の推進が介護保険制度の大きな目的であるのに,アセスメントの方向性を間違えると,こんなにも悲惨なプランができるのだろうか…と失望した。だが,このまま容認するわけにはいかない。
その後電話で30分にわたり,繰り返し訪問看護の必要性、家族の現在の意向などを説明し,やっとのことでケアプランに訪問看護が加えられた。
後日談だが,そのケアマネジヤーは,資格を取って今回始めて「訪問看護」をケアプランに組み込んだらしい。体の状態に関心がなければ,早期に異常に気づけるはずはない。彼女の担当したうち,医療が必要な利用者は,病状の悪化→入院というコースが「普通」であったことだろう。入院が必要な状態になって,入院加療する経済的負担を考えれば,普段から予防を心がけるプランニングのほうが,ずっとリーズナブルである。訪問看護は決して高くはないということを,ケアマネジヤーの皆様にご理解いただきたいと思う。

●本人と家族にとっての“幸せ"とは?

 ところで,お金の問題も重要だが,それよりもっと重要なのは,入院することで本人が受けるダメ←ジである。環境の変化に適応できない高齢者は,入院をきっかけに痴呆があらわれたり,狭い病室のベッド上での生活で,あっという間に筋力が低下し,退院するころには歩けなくなってしまう。これは,病院勤務で痛いはど経験してきた。
状態の重度化が家族の介護負担を増強し,在宅介護が困難となる。その結果,社会的入院や施設入所を余儀なくされてしまうのだ。療養環境を変えずに早期に対応できれば,そういった不幸な経過をたどることを防げるはずである。ケアマネジヤーの判断は,まさしくその人の「人生を左右する」のだ。本人にとって,家族にとって,何が幸せなのかを見極める能力が求められている。
私たちの行なっている訪問看護こそ,まさしくプライマリケアだと思っている。担当看護師が早期に対処することで,本人や家族の負担を最小限にし,できるだけ環境を変えずに在宅療養を継続することをモットーとしている。そのためには本人の性格や普段からの生活だけでなく,介護者や,家族関係を把握することも必要になる。時々遊びにくる孫の名前や,ペットの話題まで知りつくしているエキスパート看護師は実在するのだ。その知識は決して無駄ではない。在宅医療はマニュアル通りにはいかず,1人ひとりに合わせたケアはまずその環境を知ることから始まるのだ。
昨年の夏真っ盛りの8月。腎機能の悪いKさん(88歳,女性)が脱水になった。88歳とはいえ痴呆はなく,理解力も十分だが,介護をする娘さんも高齢のため介護力に問題があった。利尿剤を含めた補液管理は自宅では困難であったため,家族の希望もあり,やむをえず入院することになった。
1か月ほどで,脱水と腎機能が改善したころ,Kさんは見事なまでの廃用症候群となってしまっていた。その経過をたどると,入院後直ちにバルンカテーテルが留置されている。次に経口摂取ができないから,とIHV(高カロリー輸液)が入る。Kさんはベッド上だけの小さな生活空間で療養しているうちに,娘の顔も分からなくなるはど痴呆が進行した。結局,経口摂取が期待できないことと,IVHからの感染による発熱を理由に,病院からは,胃痩造設が勧められた。娘さんからこのような相談を受け,最悪の経過をたどってしまったことを知り,入院させたことをこれほど後悔したことはなかった。それは入院前のKさんの人柄をよく知っていたからこそである。

●「生命の量」より「生命の質」を選んだKさん

 たった1か月前のKさんは読書を楽しみ,穏やかな話し方からインテリジェンスを感じることもあった。自分の最期の迎え方に対してしっかりした考えを持っていて,訪問看護師やデイケアの職員に,日ごろから口癖のように語っていた言葉が耳に残っていた。「身体に管を入れられてまで生きていたくない。そうなったらおしまいよ……」
もちろん娘さんも何度も聞いた言葉である。病院側からは「胃痩を造らないと餓死する」と説明されていた。家族にとっては,罪悪感を募らせるような詰めより方に思えた。確かに口から食べられなければ餓死するだろう。それも自然の姿と受け止め,人間としてどう生きるのか,何が幸せか,という選択肢はなかった。しかし娘さんは私たちに相談した後,Kさんの意思を尊重して「餓死を覚悟で退院」を選んだ。
大好きな犬2匹と猫7匹に癒されて、自分の居場所をとりもどすことを目標に,Kさんらしく生きることにこだわった。自宅に戻っても,無気力,無関心だったKさんだが,1匹1匹ペットの名前を思い出すうちに,表情が見られるようになり,気がつくとKさんの枕元や布団の周りは,猫ちゃんたちに占領されていた。その姿は最もKさんらしさを感じられる光景であった。
そのうち,本当に少しずつではあったが食事が摂れるようになった。もともと嚥下障害があったわけではなく,ただ病院のベッドで寝かせきりになっていたため,廃用症候群が増悪し,食べることを忘れてしまったようだった。口から食べることで,痴呆症状も改善し,徐々に娘の顔もわかるようになった。退院時のKさんは寝返りもできなかったが,約3か月が過ぎ,歩行練習を始めるとあっという間に平行棒を往復できるようになった。なにより普通の生活を続けることが,もっとも効果的なリハビリだったのかもしれない。時間はかかったがKさんは入院前と同様に元気になった。胃痩造設を迫られた時,「生命の量」より,「生命の質」を選んだことが,結果的に好転した忘れられない事例である。
一般には病状が重いと在宅医療は困難だと信じられているようであるが,現場にいるとそうは思えない。医療面のしっかりとしたサポートがあれば,全く介護の経験のない家族でも,がん末期や難病の介護,人工呼吸器の管理など,十分継続できる可能性を持っている。これらの経験のなかに真実があるはずだから,私たち訪問看護師が自信と誇りを持って,在宅医療の姿を正しく社会に伝えていかなくてはならないと思う。その人らしい人生が送れるよう,また望んでいる最期が迎えられるよう,方向性を見失わずに,これからも訪問していきたいと思う。

 

 追記:管理者でもない私がなぜ「管理者日誌」を書くよう命ぜられたのか,いまだに疑問は残ります。「わくわく訪問看護ステーションおやま」の所長の産休・育休中に代行を務めたせい(?)だったのでしょうか。でも,この機会に少し頭の中が整理できたように思います。


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